完璧主義でいくと、動けない。
たとえば、実践発表をしたいと思っているとする。
しかし、自分程度の実践ではとても人様にお見せできない、と誰しもが思う。
ここで完璧主義だと、「まだ早い」ということになり、一生発表できない。
なぜなら、どのレベルの人も、常に自分より上が見えているからである。
下に後輩もいるのだが、完璧主義は常に上に目が向く。
だから、自分程度ではと思って、発表できない。
お金の話になるが、多くの人が「あと20%収入が多ければ、豊かに暮らせる」と考えているらしい。
月収30万円の人は、あと6万円。
月収100万円の人は、あと20万円。
月収1000万円の人は、あと200万円・・・
嘘みたいな話だが、本当の話である。
きりがない。
極端な話、ビル・ゲイツと比べたら、みんな見劣りする。
しかしビル・ゲイツと比べるなんて、誰がどう見ても、どーでもいいことである。
ビルゲイツとは比べないけど、知り合いとは比べる。
これも客観的に見れば、本当にどーでもいいことである。
実践発表もこれに似ていて、どのレベルにいたって、あと20%あれば自信もってやれる、と思う。
この自信がある状態は、一生やってこない。
プラス20%の実力になった頃は、更にプラス20%を求めるからである。
だから、実践発表は、今、進んでやる。
これに尽きる。
どうせ自分の発表なんて、見る人から見れば稚拙な実践である。
これは、10年後になっても、変わらない。
でも、稚拙な実践発表をし続けた10年後と、何もしなかった10年後は、全然違う。
うまくできるかどうかは、どうでもいい。
やる。
これが、一番大切ではないかと思う。
完璧なんて、どこにも存在しない。
どうせなら、不完全なままで、がんばりたい。
2011年8月12日金曜日
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