今回は教育観というか、仕事観の話である。
前号で、暇がないことはありがたいことだという話を書いた。
誤解のないように言うが、残業を推進している訳ではない。
真逆で、仕事を楽しく時間内にしっかりこなそうという話である。
そもそも、社会に出て働く理由は何か。
私は、人々の幸せに貢献するためであると考える。
どれだけ多くの貢献度があるかで、仕事の価値が決まると考える。
ボランティア活動が、それ自体を報酬であるという考え方は、そういうところから来ている。
仕事の「仕」は、奉仕の「仕」である。
私事の「私」ではない。
多くの人の為に尽くせる教師の仕事は、尊く素晴らしいと思う。
2011年8月9日火曜日
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