2014年7月31日木曜日

学級の成熟段階

先日の教師塾での原田隆史先生からの学びのシェアの続き。
組織の成熟段階については次の通り。
    5勝負
   4強化
  3教育 
 2称賛
1帰属

以下は、これを受けての私見。
学級に当てはめて考える。
何月にどの段階にいればいいか。
そして、今はどの段階なのか。

4月は1と2が中心の段階である。
褒めて関係を作る。
しかし、褒めてばかりでは次のステップに進めない。
きちんと叱る必要が出る。
叱っても受け容れられる段階になったら、少し厳しくしていく。

それもできたら、「強化」段階として、自由度を上げて色々と挑戦させてみる。
成熟するほど、自由度が上がる。

3月には、「勝負」の段階として、完全に手放す。
まとめ、完成である。

この見極めを誤ると、色々と不都合が起きる。

私のかつての教育実習担当の先生は、
「学級のはじめの内は、とにかく褒めて関係を作る。
厳しく叱るのはその後。」
ということを教えてくれたのを思い出した。
要するに、今回の学びに当てはめると、
「ラ・ポールを築く段階(称賛)でリレーション段階(教育)の対応をするな」
ということだったのだと思う。
成熟度の見極めが大切である。

また、チーム(学級)が「調子に乗っている」「自信不足」のどちらに寄っているのかを見極めることも大切である。
個別に見ると、学級では両極端の子どもが混在している。
従って、「叱る」「褒める」にしても同一の対応ではなく、子どもにあった個別の対応が必要である。
自分の学級は、目の前の子どもは、今どの段階なのか、見極めることが大切であるように思う。

2014年7月29日火曜日

組織の成熟段階を見極める

先日の教師塾での原田隆史先生からの学びのシェア。
組織の成熟段階について。

学級、部活動、会社、あらゆるチームには、成熟段階があるという。
次のように、階段状のステップと考える。

    5勝負
   4強化
  3教育 
 2称賛
1帰属

1の「帰属」段階では、まずは統一されたものを持つ必要がある。
それがユニフォーム、ロゴ、合い言葉といったものである。

2の「称賛」段階では、褒めるを中心に、ラ・ポールを築く。

3の「教育」段階では、褒める+叱るで、リレーションの段階。

4の「強化」段階では、経験値を積ませる。

最後に5の「勝負」段階に持っていき、試合等の本番に臨む。
自分のチームがどの段階か見極められれば、手立てがうてるという。

部活で、チームが4「強化」の段階に入っているとする。
その時、調子に乗っているようなら、5「勝負」段階の強いチームと練習試合を組む。
格上の相手に完敗することで、謙虚さを取り戻せる。
逆に、自信を失っているようなら3「教育」段階のチームに当てて、自信を取り戻させる。
これを逆にやると、練習試合が逆効果になる。
(次号に続く)

2014年7月27日日曜日

正義は、悪?

群馬県の高崎で行われた「パワーアップセミナー」での学び。

「誰かにとっての正義は、誰かにとっての悪」
というような話が出た。
(どなたが話したかが、記憶が明確でない。)

宗教間、民族間の争いはそれが顕著に出る。
日本が経験した戦争も然り。
正義というのは、見方の問題で、裏から見れば悪にもなり得る。

学校内にも正義はある。
「正義感が強い」というのは良いことかもしれないが、諸刃の剣である。
相手にも、相手の事情がある。
対子ども、対保護者、対同僚、対地域。
相手の正義を考慮しないと、痛い目に遭う。
自分にとって心からの善意と思った行動は、相手にとって迷惑な「悪」ということも有り得る。
良かれと思ってやった行為が悪い結果、というのは往々にして起こる。

正義は、悪。(かもしれない)
含蓄のある言葉である。

2014年7月25日金曜日

評価は価値づけ

適切な行為を価値づける。
子どもの行為は、どう反応するかで決まる。

悪い行為を注意して正す方へ力を入れれば、悪いことをしなくなる。
良い行為を取り上げて褒めれば、良い行為をするようになる。

悪い行為にいちいち反応すれば、そこに注目してさらにその行為を繰り返す。
良い行為を見逃さず反応すれば、そこに注目してさらにその行為を繰り返す。

通知票をつけると、何を重視していたかがわかる。
通知票をつける自分自身の評価にもなる。

もし1ばっかりの子どもがいたら、1ばっかりになる指導をした証拠である。
相手のせいにしたくても、それは自分の責任と謙虚に重く受け止める必要がある。

評価は、子どもを伸ばすことが目的である。
良い評価をするために、良い行動に着目して反応していきたい。

2014年7月23日水曜日

教育が促成栽培でよいのか

先月あった群馬のパワーアップセミナーでの学びのシェア。
今回は上越教育大学の准教授である赤坂真二先生のお話から。

この日の午後の会の冒頭は「シンポジウム」という形で講座の概要説明を行った。
(超余談だが、シンポジウムという言葉は、ギリシア語で「一緒に飲む」というのが語源。
「饗宴」と訳すが、現在では主に和やかな雰囲気で行われる「討論会」の意味として使われる。)

そこで赤坂先生より「教育が「タンキ」になってきている」という話が出た。
気が短い「短気」。
少しの期間で結果が出ることを求める「短期」の教育に関心が集まる。
赤坂先生はこれを「促成栽培の教育」と表現された。

どこに手間ひまをかけるのか。
今、結果が出ればそれで良いのか。
もっと長期的に見て、本当の意味での「生きる力」をつけるべきではないか。
そういう視点から講座では「かかわり」をテーマに講座が展開された。

以下、私見。

本来、教育とは将来の「人格の完成」を目指すものであって、非常に長期的なものである。
「教育は国家100年の大計」というように、長期的な視点で見るものである。

一方で、短期の結果というのも、見過ごせない。
一時間の授業で、何の力がついたかを評価する。
一学期間で、どれだけ伸びたかを評価するのが通知票。
一年間で、どれだけ伸びたかが、学級経営の成果。

サッカー日本代表が何かと叩かれたのも、「勝利」という結果を出せなかったことは見過ごせない。

結論。
長期の結果(目的)を見据えて、確実に短期の結果を出す。
どちらか一方が欠けないこと。
促成栽培の方法では、最終的に無理が生ずる。
やはり、土作りからしっかり行い、その上でよりよく成長するよう手間暇かけていくことが大切ではないかと感じた。

2014年7月21日月曜日

昇降口の傘立て

前号で紹介した「学校の実力を瞬時に見抜く20項目」の中での1番、
「昇降口の傘立て」に、いきなり躓いた。

正直、あまり意識したことがなかった。
靴箱を見て状態を把握することはあった。
しかし、恥ずかしながら、傘立てへの気配りはなかった。
(きちんとしている人なら、初任の頃からやっていることなのだと思う。)

野口晃男先生曰く、
「放課後、児童・生徒用の傘立てに傘が残っていたら、
翌日の降雨で子どもが困ることを想定できない担任と言えます。」
【「校長室の窓から」(別冊)今からの子育てに役立つ「99の言葉」と「50の校長講話」より引用】

雨のことだけでなく、相手を最後まで見送ろうという精神の表れでもある。
「人を大切に」と教えているくせに、そういう足元ができていなかった。
だから、「鏡の法則」に従って、子どもにもそれが反映していることがあるのかもしれない。

傘立ては「現象」でしかない。
この現象の「根本・本質・原点」は、「子どもを大切にしている」ということだと思う。
その末端部分として、傘立てに傘が残っている事実があった。

靴のかかとを揃えることと同じで、傘立てに傘がないことそれ自体が目的ではない。
しかしながら、そこにすら気付けないようでは、他は推して測るべし。
残念ながら、相当な敗北感である。

他の項目についても、一つ一つ見ていくと、色々と至らない点に気付く。
「主体変容、気付いて変わる」。
気付くと痛いが、気付けば変わる。
謙虚に受け止め、主体変容していきたい。

2014年7月19日土曜日

学校の実力を瞬時に見抜く20項目

前号で反響の大きかった「校長室の窓から(別冊)」からの抜粋。

「学校の実力を瞬時に見抜く20項目」と見えるものは次の通り。

1昇降口の傘立て・・・担任の心(傘が残る=児童を玄関まで見送っているか)
2掲示物・・・学校の感性
3教職員の挨拶・・・礼儀指導と危機管理意識
4掃除用具入れ・・・生徒指導の力量
5教材室・体育用具室・・・教科指導のレベル
6保健室・・・養護教諭の実力
7用務員室の道具置き場・・・用務員の仕事ぶり
8トイレ・・・教職員全員の生活感覚・センス
9印刷室・・・教職員の感性と仕事ぶり
10出欠黒板・・・教職員のチームワーク
11教室の戸のレール・・・担任の心の余裕と清掃指導の実力
12子どものロッカー・・・子どもの自覚の様子
13担任用のガラス戸棚・・・担任の思い・研究レベル・思考レベル
14蛍光灯・・・健康意識と環境への意識
15職員室へ来訪者が来た瞬間の在室中の職員の行動・・・気配りレベル
16職員室の棚の上・・・教務主任の整理力
17玄関のスリッパ・・・お客様に対する学校の心
18廊下の物品・・・危機管理意識
19職員室の電話付近・・・教職員のとっさの場合の行動
20教職員の服装・・・けじめのある指導をしているか

・・・こんな感じのことが、更に詳しく解説されている。
(結構、書いてて「うっ」と痛い部分があった。)
項目だけでも参考になるかと思い、紹介してみた。

2014年7月17日木曜日

子どもを悪くする三つの方法

先日、群馬での「学級作りパワーアップセミナー」でお話をさせていただいた。
その中の講師のお一人、野口晃男先生について。
「校長室の窓から」という本を刊行している。
その中から、インターネット上にも載っている本文の一部を掲載する。

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子どもを悪くする三つの方法………入学式で話しました。

入学式で入学のお祝いを述べたあとで、保護者の皆様方に子どもを悪くする三つの方法を話しました。

一つ目の方法は、子どもの前で近所の人にあいさつをしないという方法です。
近所の人だけでなく、知っている人にもあいさつをしないようにするのです。
そうすれば子どもは間違いなく陰気で礼儀知らずの人間に近づいていきます。

二つ目の方法は、家の中で手伝いをさせないという方法です。
家のみんなが働いているのに、遊んでいても平気でいられるような子にするのです。
そうすれば、子どもは学校でもそうしますから、そのうちに多くの友達からの信用を失い、最後にはひとりぼっちになってしまいます。
特に掃除をさせないのがこの場合の一般的な方法です。

三つ目の方法。それは子どもの頭を悪くさせる方法です。
それは子どもの前で友達の悪口や近所の人の悪口や先生の悪口を言うことです。
この方法が効果的である理由は、とてもはっきりしています。お父さんやお母さんが悪く言っている人の話は、どんなに素晴らしい話でも、その子の心には響かないのです。

いま、皆さんに、子どもを悪くする三つの方法を話しました。
反対に、子どもを良くする方法はたくさんあります。
これから一つ一つ実践し、子どもを良くする方法を工夫し、ご家庭の皆様とともに協力して育てていきたいと考えています。
(以上、掲載文から引用)
===========================

内容が充実しており、こういう話がたくさん入っている。

「クラスのやんちゃな男子が、いきなり大人しい女子にバケツで水をかけた。どうするか。」
という問いもある。
この答えが、また興味深い。

すごい実践家の方がいるものだと、勉強になった一日だった。

2014年7月15日火曜日

負荷を高め続けられる場に飛び込む

東京教師塾での学びシェア。
前号の「負荷を高め続ける」と関連しての話。
ここでの学びを、自分自身のここまでの経験と「ブリッジング」(=関連づけ)してみた。

人は、自分のできること(尺)を下げると、くさる。
実力よりも低い負荷で続ければ、実力はどんどん落ちていく。
「現状維持」と思っている場合、実は大抵、じりじりと落ちている。
誰にでもある経験だと思う。
身体については、目に見えるのでわかりやすい。

では、負荷は誰が与えてくれるのか。
本来は、「セルフマネジメント」として、自分でやるべきである。
だが、実際はやれない。

私の師事している野口芳宏先生は
「他律的自律」
という言葉を提唱している。

つまり、他からの強制によって、自分自身を律する。
それも一つの「自律」の姿ではないか、という考えである。

負荷を高めてくれそうな場へ飛び込むのは、自分でできる。
その時に必要なのは「決意」だけ。
「やる」という選択だけ。
何か誘われた時に、あれこれ理由をつけないで、0.2秒で「ハイ」と返事。
「頼まれたら断らない」というのも、野口先生の言葉の一つである。

あれこれ理由をつけて、逃げない。
実害がないものなら、OKしてやってみる。
「人生の最後に後悔するのは、やったことでなくやらなかったこと」
という名言もある。

負荷を高め続けられる環境に意図的に身を置くようにしたい。

2014年7月13日日曜日

負荷の高め方を教える

東京教師塾での学びのシェア。

塾頭の原田隆史先生から、次の言葉があった。
「成功は、技術である」
つまり、成功には手法があるということ。
陸上部指導で日本一を13回出した実績の裏には、偶然ではなく成功の技術が存在する。

その肝を一言で表すと
「負荷の高め方を教える」だという。
同じ負荷で続けていても、維持はあっても向上しない。
「負荷を永遠に高めるメニューにしていけ」とのこと。

ある中学での部活動練習の例。
「腕立てふせ50回」がメニューにある。
これ自体はいい。
しかし、1年生も3年生も同じ50回であることに問題があるという。
もっというと、3年生の中にもそれぞれ個人で取り組み回数が違って然るべきである。

オーダーメイドの個別指導。
これをしてもらえれば最高なのだが、一人の指導者が個別にそれをするのは5人が限界という。
しかし、上記の方法をとれば、何百人でも何百万人でも対応できる。
自分自身でオーダーメイドの個別指導(セルフマネジメント)ができるからである。
学級経営でも同様で、35人全てに個別指導をしていくというのは理想的だが現実的ではない。
個人が自分自身で負荷を高められるように指導していく必要がある。
「自律」と「自立」そのものである。

そういえば、「追究の鬼」を育てる有田和正氏の実践などを振り返っても、そうである。
子ども自身が進んで追究するというのは、セルフマネジメントができている状態である。
自分自身で、負荷を高めていっている状態である。

負荷の高め方を教える。
短いながらも、深い言葉である。

2014年7月11日金曜日

子どもを読書好きにするには?

自分のいる地方の研究会で、子どもを読書好きにする、ということをテーマに話し合いがあった。

読書好きにする、というのは、なかなか難しい。
自分自身は本が好きな方に入ると思うが、なぜ読むかと聞かれたら、「好きだから」としか答えようがない。
ラーメンを食べるのと同じ動機である。
栄養価とか体のためとかは、あまり考えていない。
(むしろ、そこを中心に考えると、夜遅くに食べることは有り得ない。)

本を読まないとどんな悪いことがあるのか。
悪いことはない。
ただ、読むと世界が広がることだけは間違いないように思う。

「財団法人 出版文化産業振興財団」が2010年に調べた『現代人の読書実態調査』によると、
成人が1ヶ月に読む本は
0冊・・・24%
1冊・・・29%
2冊・・・19%
3,4冊・・・18%
5冊以上・・・10%
である。

ざっくり見ると、成人の半分は1ヶ月1冊以下である。
日々本を読む習慣があるというのは、意外と珍しいということになる。
(ちなみに「読書量が一番少ないのが30代」だそうである。)

生涯を通して本を読むようになるきっかけをつくれたら、それは教育として効果があったといえる。
何かいい方法があったら、ぜひ教えていただきたい。

2014年7月9日水曜日

マズローの欲求段階説

今回は「やる気スイッチ」をテーマに。

目の前の子どもを、今より少しでも輝かせたい。
「やる気スイッチオン!」にしたい。
担任なら誰しも持つ思いである。
だから苦労してでも色々準備するし、叱ることや本気で怒ることがある。
輝く姿が見られたら心から嬉しい。

さて、子どもの側はどうか。
誰しも認められたいと思っている。
しかし輝きたい、良くなりたいというより、見てもらいたい、認めてもらいたいという欲求の方が強い。
つまり、それは「他者への欲求」である。

マズローの欲求段階説では、次の順になる。(実際に図にすると1が一番下でベースになる。)
1生理的欲求
2安全の欲求
3所属と愛の欲求
4承認欲求
5自己実現の欲求

1から順に満たされる度に欲求レベルが上がる、という見方である。

つまり、冒頭の教える側の意識はレベル5の欲求に近い。
子どもが輝く手立てをうつことが、自分の選んだ職業に対しての誇りにつながる。
もう少し低いと4で、周りの人々に「すごい」と認められたい段階の場合もある。
異動したてなどは、2や3の段階から始まる。
慣れることに精一杯である。
(そこで忙しすぎて睡眠不足とかになると、レベル1まで落ちる。)

子どもの側は、1~3が中心である。
きちんと食事をして寝てきている状態なら1は満たされている。(この段階で躓いている子どもは、可哀想である。)
学級が通常の機能を果たしていれば、2も満たされている。
3が学級への所属感である。
4が、認められている感覚。
5が、目標に向けて輝いている姿なる。

一生懸命教えても、「やる気スイッチ」が入らないという場合がある。
それは、教える側が教わる側の欲求レベルを見抜けていないのかもしれない。
欲求が食い違っている可能性がある。
一生懸命自分を磨いて欲しいと願っていても、相手は睡眠不足かもしれない。
場合によっては、病気にかかっていることもある。

朝の健康観察の段階から、一人一人の欲求レベルの測定スタートである。

2014年7月7日月曜日

サッカーワールドカップから

サッカーワールドカップ。
残念ながら日本は敗れたが、サッカーにおいてはまだまだ発展途上の国。
これからだと思う。

一時期、代表選手の特集番組がテレビでたくさん流れた。
その中で、中心選手である香川選手の少年時代を紹介する話があった。
香川選手は、小学生の頃から、家の中でも四六時中ボールに触れていたというエピソードがあった。
常にサッカーのことだけを考え、ねらいを定めて具体的に行動していたことがわかる。
さすが、普通とは違う。

こちらは野球だが、イチローにも似たようなエピソードがある。
イチロー選手のインタビューでの言葉で
「何もせずに成功した人を天才というなら、僕は天才じゃない。
努力をし続けて成功した人を天才というなら、僕は天才だと思う。」
というような感じの言葉があった。
(手元に資料がなく、正確ではない。)

「チャンスは幸運でなく勇気の成果である。」という言葉もある。
ワールドカップも、挑戦したことにまず意義がある。
負けてしまうと色々言われるが、失敗は挑戦の証であり、成功の種である。
結果が得られるまでがんばるしかない。

色々と教訓が得られたワールドカップであったと思う。

2014年7月5日土曜日

ことわざカルタ

ことわざカルタ。
以前にも紹介したが、山口県の福山憲市先生の実践である。
(ちなみに、次の本にも載っている。
 スペシャリスト直伝! 学級づくり“仕掛け"の極意 ―成功に導くキラー視点48
 福山 憲市著 明治図書)

取り札の裏にはことわざの全文が載っており、表はことわざの下半分が印刷されている。
例:裏「犬も歩けば棒に当たる」表「棒に当たる」
エクセル等を用いれば、割と簡単に作れる。
ことわざは難しい漢字も多いので、すべて振り仮名付きで作る。
五色百人一首と同じルールでやる。

これがなかなか面白くて、役に立つ。
指導の言葉として使える。
上半分で問いかければ、下半分で返ってくる。

おしゃべりするより話を聞いて欲しい時は「言葉多ければ?」「品少ない」
「二度聞いて?」「一度もの言え」

立て続けに注意を受けてしまう子には「仏の顔も?」ときけば「三度まで」と返してくる。
仏様ですら三度まで、ということを強調する。

失敗した時には「転んでも?「ただでは起きない」
間違いを認めない時には「鷺を?」「烏」
(「さぎ」を「からす」と言い張る様子から、物事の道理を反対に主張すること。
間違いを認めない態度を指す。)
・・・
いくらでも応用が効く。

ことわざの選択も、そういう視点から自由にできるのも強い。
大体、1ヶ月もしない内に全部覚えてしまうので、新しいものに更新する。
楽しくて語彙が増え、内容的に生きる上でも役に立つ。
イチオシのおすすめ実践である。

2014年7月3日木曜日

マクロ視点とミクロ視点、それぞれでみる

東京教師塾での学びからの、自分なりの気付きをシェア。
目的に対しマクロ視点、ミクロ視点それぞれでみる、ということを学んだ。

今目の前にいる子どもに何か教えるとする。
教育は人格の完成が目的。
一番大きな視点(マクロ)でみると、それが世界を良くすることにつながる。
少し小さめの視点(ミクロ)でみると、その子の人生が良くなることにつながる。(これは、逆も有り得る。)
もっともっと一点を拡大してミクロ視点でみると、それが様々な具体的な像として見える。
かなり短絡的な例だが、ミクロに落とし込むと次のようになる。

自信がつく→学力の向上→算数ができる→計算ができる→九九ができる→7の段ができる→・・・

逆の見方もできる。これも短絡的な例だが、ミクロ→マクロという視点を広げる方向。

逆上がりができる→成功体験をする→自信がつく→自分を磨くようになる→・・・→人格の完成→・・・
(実際、生きていく以上、人格は完成しない。あくまで迫るだけ。)

マクロに見た「何のため」というのは、一点の「目的」。
ミクロに見て具体的行為まで落とし込むと、目的への道標となる「目標」になる。

大きなマクロ視点で「未来」の像を持ちつつ、ミクロ視点で「今」目の前の子どもに何をすべきか考える。
この考え方は何かにつけて使えると思うので、紹介してみた。

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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