2017年10月20日金曜日

どうせなら残業しない工夫を頑張る

拙著『「捨てる」仕事術』の本文からの引用記事。
https://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-171335-5
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「頑張る」というのは教員に限らず職業人にとっては当たり前のことであり、何ら褒められることではありません。
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今回の本は結構、書きたい放題書いている。
この文なども、これ単体で見ると、結構きついことを書いている。
しかし、事実である。

仕事を頑張るというのは、当たり前のことである。
問題は、頑張るというエネルギーと時間の配分である。
どうでもいいことに頑張るのは、無駄なだけでなく、マイナスなのである。
なぜなら、時間とエネルギーは有限であり、無駄に使った分のしわ寄せが、本来必要な部分にいってしまうからである。
本来やるべきことを削ってしまうからである。

頑張って残業するというのは、頑張り方が間違っている。
残業は、その前を頑張らなかったから生じるものである。
もっと正確にいうと、がむしゃらに頑張るだけで工夫しなかったから起きる状況である。
それを何年やっても、同じことが起き続ける。
果てには「これが常識だ」「仕方ない」とのたまわるようになる。

業務量自体の多さは嘆いても減らない以上、自分で工夫するしかない。
そして現実には、多分、残業ゼロにはならない。
私も含め、この課題をクリアする工夫が思いつかないからである。
知識・智恵不足である。
だから何度か紹介しているように「残業デー」をつくるという発想も必要になる。

頑張るのは、残業ではなく、仕事の工夫の方である。
仮に「頑張る」の総量は全員同じだと考える。
すると、残業しない工夫をすることに頑張る人が、結果的に成果を出すようになる。
今の時代に求められるのは、長く働くことではなく、成果を出すことである。
これも本文からの引用だが、
「部下には頑張ることよりも、成果を期待していることを忘れないようにしましょう。」
である。

10月は、まだまだ寒暖差が大きい。
ここで体調を崩しては元も子もない。
健康第一を考えるのならば、残業しない方の頑張りを求めていきたい。

2017年10月18日水曜日

制限が自由を生む

新刊『「捨てる」仕事術』に関連して、制限の話。
https://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-171335-5

捨てるという行為は、制限そのものである。
例えば「机の上のモノを9割捨てる」という項目がある。
要は、机の上に置くモノを制限するということである。
野放図にあれこれ置かない。
制限をかけることで、余計なものが載せられなくなる。
具体物で制限の練習をしておく訳である。

第1章の「時間術」は、まさにこの制限が肝である。
「休日出勤を、捨てる」という項目は、この制限の一つ。
人間は「タイムリミット」があれば、そこまでに終わらせようと必死になる。
いわゆる〆切効果である。
これを使うと、仕事効率が一気に上がる。

逆に〆切がない状態というのは、「パーキンソンの法則」で考えるとよくわかる。
この第一法則は「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」というものである。
つまり、余裕がある分まで、完了が伸びる、あるいは単位時間あたりの仕事量が希釈されるということである。

だから、休日出勤も、無計画な残業もダメなのである。
仕事がそこまで膨張してしまう。
結果、仕事の筋力は弱いままになる。

今私は、毎日教育実習生の指導をしている。
教育実習生には、時間の制限がある。
だから、あの短期間で、何とか指導案を書いてやりきれる。
多少無理ができるのも、時間制限があるからである。

時間に、制限をかける。
タイムプレッシャーである。
適度なプレッシャーは、実力を引き出す。
結果、仕事が早く終わり、生まれた時間を自由に使えるようになる。
要は、制限が自由を生み出す。

時間制限を意識してかけているか。
仕事の能率がいまいち上がらないという方は、見直してみて欲しいポイントである。

2017年10月16日月曜日

助け合うとは、デメリットの共有

月曜日ということで、仕事にやる気の出る話を。
私の大好きな作家である、中谷彰宏さんの言葉を3つ紹介する。
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助け合うとは、メリットではなくデメリットを共有することだ。

人を助けることは、ひたすらきれいごとでは済まない世界。

優しいとほめられることを求めない。
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道徳でも「協力」や「思いやり」は大切な内容である。
しかし、実践すると、これが難しい。
人間は、自然と自分の損得を優先してしまうからである。

せっかく行くのなら、人気の美味しい店がいい。
値引き交渉で安くなるならそうしたい。
大混雑の中で並ぶのも面倒だし、満員電車なら椅子にも座りたい。
くじ引きなら自分に当たって欲しいと思う。

どれも、「相手が損しても自分が得したい」という面があることが否めない。
別に否定すべきことではなく、当然のことである。

だからこそ、助け合うということは、意識と覚悟が必要である。
メリットではなく、デメリットの共有。
パンが一つしかないなら、自分の取り分が減っても相手に半分に分けることを厭わないかである。

汚れている場所があったら、自分の手を汚してもきれいにすることである。
自分の手は汚さないできれいにしたいなどというご都合主義は通らない。

さらに、がんばったから褒められるなんて思わない。
優しくしたから感謝されるなんてことを求めない。
そういう期待を先にするのは、損得勘定の世界を離れられていない証拠である。

何かをさせてもらっている、助けさせてもらっている。
役割を与えられるほど、有難いことはない。
そこに気付くことで、感謝も生まれ、幸福感につながる。
幸せとは、気付きである。
不幸とは、目の前の幸せに気付かないことである。

今日からまた一週間、働けることに感謝したい。

どうせなら残業しない工夫を頑張る

拙著『「捨てる」仕事術』の本文からの引用記事。 https://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-171335-5 ================ 「頑張る」というのは教員に限らず職業人にとっては当たり前のことであり、何ら褒められることでは...

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