2018年1月23日火曜日

学級経営のコツは、地味で地道。

前号の「鉛筆1本を大切にする」という話の続き。

学級担任に限らず、何の仕事でも、やるべきことは「無限」にある。
あれもこれもはできない。
だから「1点突破」は基本的な戦略である。

「そんなこと、どうでもよくない?」と言われそうなことを、徹底してやる。
河邊氏の本を推薦している鍵山秀三郎氏の言だが、これを
「凡事徹底」
という。

私は、とても徹底までは至らないが、教育の場面において譲らないところがいくつかある。
「別に、そんな細かいところ・・・」で終わらせない。
陰で口うるさいと言われようが、裏でぶつぶつ愚痴られようが、しつこくやるし、言う。

よく「学級経営のコツを教えてください」といった類のざっくりとした悩み相談を受けるが、実はこの辺りが答えになる。
一見どうでもよさそうな細かいところに、コツが眠っている。

例えば、掃除の時間。
子どもたちは「隅っこ」や「見えない所」が気になっているか。
ほこりがたまっている箇所を見つけられるか。
具体例を挙げると
・ゴミ箱や教師用机の下
・部屋の四隅
・カーテンレールや窓、出入り口の上の桟の部分
・掃除用具箱の中
・ゴミ箱やバケツの中
等々である。

私がいつも気になるのが、ほうきそのものについたほこりである。
毛櫛で取らずに、ぽんと掃除用具に入れていることがある。
(自分の学級でも未だにある。徹底ができていない。)
ほうきの役割は立ってやれる分、床拭きの子どもよりも姿勢が楽なのだから、最後に道具のほこりを取るぐらいはさせたい。

なぜここにこだわるかというと、次につながるからである。
要は、ほうきのほこりを取るという行為が、次の準備になる。
次に使う人への配慮にもなる。
道具の本来の力を発揮でき、作業能率も上がる。
使う前にきれいだったのだから、使った後もきれいにしようという気になる。
そして、こういった態度が、他のあらゆることに波及しだす。
次につながる好循環の始まりである。

逆をいえば、ほうきのほこりを取らないだけで、悪循環の始まりになり、波及する。
先に挙げた利点を逆さにして読むことになる。

たかがほうきのほこり取り一つでも、徹底するのは意外と難しい。
ただ、ここ1点を突破しただけで、他のかなりのことが違ってくる。
学級経営のコツとかいうと、一発逆転のすごいテクニックがあると思っている人もいるかもしれない。
実は、こういう地味なところを、放置せずに詰めていけるかどうかにある。
教育実習生などには、しつこく伝えているが、実際やってみないと実感はもてないだろうとは思っている。
服装や持ち物、言葉遣いといった細かいことを注意するのも、こういうことを考えた上である。

学級経営のコツは、地味で地道。
派手で劇的な方法を求めてしまうならば、ぜひ伝えておきたい事である。

2018年1月21日日曜日

鉛筆1本を大切にするクラスづくり

次の本を読んだ。
『「ありがとう!」があふれる幸せなクラスづくり大作戦』
河邊 昌之 著 明治図書
https://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-115815-6

友人の河邊氏の初の単著である。
「感謝」を柱とした学級経営の具体的なアイデアが提案されている。

この本の中に「鉛筆1本活動」という実践がある。
簡単に言うと、もってくる鉛筆を1本だけにするというもの。
落とし物No.1の鉛筆を「落とさないようにさせる」という方向の解決にもっていく。

「たかが鉛筆の落とし物ぐらい」と思うかもしれない。
しかし、鉛筆1本を大切にすることの波及効果はとてつもなく大きい。
実は河邊氏は、単に鉛筆の落とし物をなくそうとしているのではない。
ここから、「ありがとう!」があふれる幸せなクラスの柱を作るのである。

鉛筆が1本しかない。
当然、大切に使うようになる。
その1本がないと書けないので、落としたらすぐに気付く。
大切にすると、名前をつけたくなる。
名前をつけると、捨てたくなくなる。
捨てたくないので、限界まで使うようになる。
どうしても使えなくなっても、捨てずに「学習の足跡」のような形でとっておきたくなる。
(河邊学級では、掲示物として残されるようになる。)
仲間の鉛筆がどれかもわかるようになるので、万一落としても本人にすぐ届く。

さて、ここまでは鉛筆の話である。
鉛筆にとどまらない。
鉛筆を大切にすると、次々と他のものも大切にするようになる。
ものを大切にするようにすると、人も大切にするようになる。
頭と心も使うようになる。
結果、幸せなクラスづくりにつながっていく。

捨てない工夫をする。
それは、無暗に新しいものを使わないということにもつながる。
これは実は「捨てる」ということと同義である。
新しく余計なものを買うという選択肢を「捨てる」からである。

たかが鉛筆一つにこだわることで、クラスづくりになる。
ここがわかっていないと、些細だけど大切なことを落とし、クラスを荒らすことにもなる。

自分のクラスの何が悪いかわからない、という悩みを抱える方にも、おすすめの本である。

2018年1月19日金曜日

薬を飲む前に

ある日電車に乗ると、各社の胃薬の広告だらけであった。

「飲んでスッキリ!これで忘年会もOK!」
「胃痛がしたら、これ1本!」
といった広告が立ち並ぶ。

なるほど、胃薬に助けられている人が多いのだということがよくわかる。
広告を出すのは、売れるという算段があってこそ。
ただ、これではいけないと感じた。
薬を飲むという行為は、あくまで苦痛回避の緊急手段である。
「胃をおかしくする生活習慣」という根本の原因をどうにかしないといけない。

悩みを一発解決してくれるものを求めてしまうのは仕方がない。
薬のような劇的な効果である。
しかし、劇的な効果のあるものは、必ずといっていいほど副作用がある。
症状によっては薬は毒になる。
薬は本来病気を治すものではなく、耐え難い苦痛を一時的に和らげるものである。

健康に関する生活習慣の根本改善は、
食事、運動、睡眠である。
3つの内の1つではなく、3つともである。
どれかを欠いた方法は根本的解決にならない。
必要な栄養をとって、適度な運動をして、必要な量眠る。
当たり前のことを地道にやるのが、一番効果的である。

子どもたちは「○○ができるようになりたい」と願っている。
学校はそういう場なのだし、当然である。
ただ、勉強でも運動でも習い事でもそうなのだが、何か劇的にうまくいく方法があると思っていることが多い。
道具がどうだとか、教え方がどうだとか、周りの友達がどうだとか、色々に原因を求めている心がある。
要は、問題解決に薬を求めているのと同じである。
この心の状態だと、何をやってもうまくいかない。

自助努力が先にあってこそである。
うまい方法を教えてもらう前に、自分でやるべきことをやる。
向寒マラソンや縄跳びによる体力向上期間に、よく子どもにする例え話がある。
「速く走れるようになりたいなら、本人が走る以外ない」という話である。
親や先生や友達が、どんなにがんばって教えても、本人が走らないことにはどうしようもない。
努力もしないでうまくいく方法を教えてくれというのは、そういう状態を指す。

立ち返って、仕事にも適用できる。
何か、そういう姿勢の自分がいないか。
もっと周りが〇〇だったら、うまい方法があるはずだ、と考えすぎていないか。
その前に、自分がやるべきことをやる。
当たり前のことをきちんとやる。
それができれば苦労ない、を苦労してやるのが、王道ではないか。
生活習慣を改善しようともせずに、劇的に効く胃薬を求め続けるような生き方は避けたい。

学級経営のコツは、地味で地道。

前号の「鉛筆1本を大切にする」という話の続き。 学級担任に限らず、何の仕事でも、やるべきことは「無限」にある。 あれもこれもはできない。 だから「1点突破」は基本的な戦略である。 「そんなこと、どうでもよくない?」と言われそうなことを、徹底してやる。 河邊氏の本を推...

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