2014年8月28日木曜日

素材研究

教材研究以前の素材研究について。
本の方でも取り上げている内容である。

夏休みは、素材研究にうってつけである。
本を楽しむのは、素材研究になる。
国語の文学作品は、あくまで文学作品である。
「国語教材」を目的に書かれたものではない。
作品を「教材」としてとらえる以前に、一作品として見て、一個人として読む。

たとえば、「きつねのおきゃくさま」という作品がある。
(教育出版2年 上 あまんきみこ作)
題名を見て、どんなことを考えるだろうか。

一見すると、「きつねがお客様としてやってきた」と読める題名である。
しかし読み進めるとわかるが、「の」は、所有格の「の」である。
きつねにとって、「おきゃくさま」は自分に属している存在である。
また「きゃく」ではなく「おきゃくさま」である。
きつねにとって、大切な存在であることが強調される。
「ゆうかんなきつね」「やさしくなったきつね」などの「きつね」が主の題名ではなく、「おきゃくさま」が主である。
物語をすべて読んだ後で題名を読み返すと、きつねが「おきゃくさま」を心から大切にしていたことが改めてわかり、ここに主題がこめられていることに気づく。
・・・・・

こういったことを、延々とやっていく。
教えるかどうかは一旦置いておいて、ひたすら気になった部分を精査に読んでいく。
細かいところまで読みこむ。
そうする中で、「ここは教えたい」「ここは読み飛ばしそうだ」といったことが浮かび上がってくる。

いきなり「教材研究をしよう」となると、「どこを教えよう」と突然考えることになる。
素材研究→教材研究→指導法研究(発問等)→授業
という流れが本来の形であるという主張である。

素材研究をきちんとして、土台を固めておきたい。

2014年8月26日火曜日

やる気スイッチ「期待してる」

メルマガ上の質問で、「どうして今回、本の出版が実現したと思うか」というものが多かった。
目標はあるけど、どうしていいかわからないという人が多い。
自分も、その仲間である。

要因はたくさんあるが、「モチベーションの維持」は結構大切なポイントだと思う。
子どもに教える立場として役に立ちそうなエピソードを一つだけ紹介させていただきたい。

数年前、ある研修会に参加した時のこと。
知り合いの先生が声をかけてくれた。
私を大変可愛がってくれている先生である。
その先生が、別の会で、私の尊敬する先生に会って話してきたとのこと。
その際に、私の話をしていたという。

「彼は、これから伸びるよ」

そう言っていたと、教えてくれた。
ご自身が本当に言ったかも定かではない。
この教えてくれた先生も、相当な「できる人」である。
しかし、そう言われて、当然気持ちが一気に鼓舞された。
「期待に応えたい」という一心である。


さて、次の話は、ある本で読んだ教育に関わるエピソードである。

ある中学校に、荒れた少年がいた。
自他共に認める、いわゆる「札付きの不良少年」である。
その彼が、卒業前に校長室に呼ばれ、こう言われた。
「君は将来、必ず大物になる。
 私はたくさんの子どもを見てきたから、それがわかる。
 君だけは特別だ。
 期待しているよ。
 しかし、周りに差別ととられるから、この話のことは私たちだけの秘密だ。
 誰にも言ってはいけないよ。」

後日、成人して本当に立派になった彼は、同窓会で仲間と集う。
仲間と話していて、校長先生に言われた話をした。
すると、仲間がみんな驚いたという。
「俺も言われた」「私も言われた」・・・・
何と、全員が同じことを言われていたという。
校長先生、「してやったり」である。


「あなたに期待している」というメッセージは、プラスの暗示を引き起こす。
真実がどうかでなく、そう言われたことが真実となる。

子どものやる気スイッチを入れる一つの手法である。

2014年8月24日日曜日

夢が叶うまでの「今」を楽しむ

今日は、思うところがあり、敬体で書きます。
やや長文ですが、誕生日ということでお許しください。

何度もお伝えしていますが、本が出ました。
親友の飯村友和先生との共著です。

私は20代の頃から、「本を出したい」と公言していました。
何のあてもやれる根拠もありませんでしたが、本気ではありました。
主に、一部の気のおけない仲間や、尊敬する先輩方に話していました。
みんな「本当にやりそう」「それだけ本気で思ってればできる」などと言ってくれました。
感謝しています。
今回のきっかけになった飯村先生には、出会った初日に話しました。
誰とどこで実現するか、本当に分からないと思います。

担任してきた子どもにも、自分の夢を様々に語ってきました。
子どもの方がより大きな夢を抱いているので、彼らは決して馬鹿にしたりしません。
かなり大きく出ても「おぉ~」と反応してくれます。
そんな子どもたちの夢も、きっと叶うと私自身が信じています。
とてつもなく大きい夢を抱く子どももいますが、それも「叶うかどうかは願いの強さ次第」だと伝えてきました。
「できるかどうか」の尺度でのアドバイスは、余計だと思っています。
(今回の本の第一章にも、そのようなことを書きました。)

大体、自分自身が相手の夢の姿になっていない段階で、アドバイスは難しいです。
例えば「東大に入学する勉強法」は、東大合格者、またはそれを育てた人でないと信憑性がありません。
「中卒でも何とかなる」というのは、そういう叩き上げの経験のある人しか言えません。
適当なアドバイスは、無責任だと思っています。

なので、本に書いてある内容は、実践を通したものだけです。(当たり前ですが。)
ただ、「今の自分」が、書いてある内容通りに完璧にできているかというと、そうでもありません。
右往左往しながら生きてきているので、「以前は心がけていたのに抜けていた」というものもあります。
書いていて、それが自分自身への戒めにもなりました。

そして残念なことですが、夢を語ると「そんなこと言ってないで」というアドバイスをくださる方もいました。
本当に残念なことですが、私のためを思って言ってくれていました。
「ドリームキラー」という言葉がありますが、身近で自分を大切に思ってくれる人の方がなりやすいそうです。
それを知っていたので助かりました。
(腰塚勇人さんという方の講演でその言葉を知りました。今でも感謝しています。)

夢の一つである、自分の本の発刊。
叶ったら、きっと最高に幸せな気分になると思っていました。
そうでもありませんでした。
思えば、今まで何でもそうでした。
「あれが手に入れば」と思うものが手に入っても、いざ手に入ると「次」が待っています。
永遠に「次」が来る以上、手に入れるまでの「今」の過程を楽しむことが本当に大切だと実感しています。

まだまだやりたいことがあり、そこに向かっていることで「今」が充実しています。
本の方は、私の一つの形なので、立ち読みでも見ていただければ嬉しいです。
メルマガの方は無料なので、登録していただくか、お知り合いの方に紹介してくださると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。

2014年8月22日金曜日

やんちゃ君への名言

すべての「元気がよすぎる」子どもたちに贈りたい名言。

「百、悪いことをしたら
 百一、良いことをすればいい。」(大越俊夫)

そうだなぁ~と、腹の底から納得。
ザ、未来志向。
また、いつ「良いこと」が「悪いこと」を上回るかだが、ずっと後でもいいと考える。
将来にわたって、長い目で見る必要がある。

なぜか。

「何回言われれば分かるの?」と子どもにきく。
「ごめんなさい」と子どもは言う。

でも

「あきらめるまで言われるの」
が本音かもしれない。

あるいは

「そのうち直すから、一生待ってて。」
だったりしたら、どうしようと思う。

いつかは良くなると信じる。
これしか方法はないのかもしれない。

親と教師向けだと

「百、裏切られたら
 百一、信じればいい」

になる。
「それができれば苦労ない」と反論したくなる。
しかし、最終的には、腹を据えて覚悟するしか方法はない。

「諦める」=「明らかに認める」らしい。
自分の子ども時代を思い出し、ダメだったことを認めてみる。
思い出すと、今も直ってないことに気付く。
それでも、まあ、それなりになっている。

そのうち良くなると思って、やることをやったら気長に構えたい。

2014年8月20日水曜日

物語文の読み方指導の型

先日参加した「鍛える国語教室 全国大会」での学びのシェア。

8月の夏休み中であるにも関わらず、子どもを登校させての授業研究会。
これを実現させられる会場校の校長先生はじめ職員の方々がすごい。
保護者の方々も理解がある。
そして来る子どもたちがえらい。
なかなか実現できないことである。
そんな貴重な場で学ばさせていただいた。

2年生での飛び込み授業の様子。
授業者は私の勤務地域の有名な実践家である、国語科の指導主事の先生。
「昔話の読み方を知ろう」ということで、「おおきなかぶ」を教材に次の方法を指導した。

1 何が、誰が変わったのか →かぶ
2 どのように変わったか →抜けた
3 なぜ変わったか →協力

これに答えていく中で、主題に迫るという読み方。
よく見ると、いわゆる「5W1H」(「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「なぜ」+「どのように」)の型である。
ただし、必要性が低いのでwhen,whereは省略されている。

この手法は、かなり汎用性があると思った。
筑波大附属小の国語部の研究で提案されている方法らしい。
「主人公の気持ちが大きく変わった点=クライマックス」を読み取る、という指導法に近いが、より使いやすい。

思いつくままに、自分の解を国語科の教材で考えてみた。

4年「ごんぎつね」
1 兵十のごんに対する思い
2 憎悪の気持ち、誤解が解けた
3 命をかけた献身的な行為(償い)

2年「かさこじぞう」
1 おじいさん、おばあさんにとっての正月
2 豊かに過ごせた
3 見返りを求めない生き方(清貧)

6年「川とノリオ」
1 ノリオ
2 辛抱し、自立して生きようとする姿勢
3 家族との死別(戦争による日常の喪失)

書いてて気付いたが、書こうとすると難しい。
「川とノリオ」は、とりあえずなのになかなか書けず、散々悩んでこれである。
思いつくまま書いてはみたが、かなり異論が出ると思う。
何べんも読んで分かっていると思い込んでいるが、「素材研究」としてもっともっと読む必要が出る。
教える側が、深く考える必要があることに気付かせてくれる。
そういう意味でも、大変有益な手法ではないかと感じ、紹介してみた。

2014年8月18日月曜日

「個」だけでなく「子」

今回は、「やる気スイッチ」共著者の飯村友和先生のブログから。
↓イートモ日記
http://etomo.exblog.jp/

ここに書かれている「個とだけでなく,『子』そのものとしてみている」
という点に、とても共感した。
こういうことに気付く「O先生」という方もすごいと思う。
同じ話をきいたはずなのに、どう受け取るかも「個」の違いである。

詳しくはブログ内の記事を読んでいただくとして、以下は読んでの私見。

「○年生だからできる」という視点で見るのは、少し気を付けないといけないと思っている。
学習指導要領上に最低基準として示されている内容は全員に教える義務があるが、発達から見て合わない子どももいる。
肢体不自由のように誰が見ても無理があるとわかる場合と、LDのように外からは見えないけれども実際には無理な場合がある。
だから学年とか年齢ではなく、「個」として見る。
さらに、「子」として見れば、「発達」も考慮され、子どもらしく「今」を育てるという視点が持てる。

子どもは、今のままではないし、一方でいきなり発達もしない。
植物が育つのと同じで、周りの恩恵を受けつつも、自力で伸びていく。
種の時期には水やりで、双葉が出たら虫に食べられないようにしないといけない。
葉が出た後には日光も必要になる。
蔓が伸びる時期には絡まる部分が必要だし、花が咲けば虫が必要になる。

学級には、「人間」という点で同じ種が集まっているものの、発達の状態はまるで違う。
よって、「個」によって適切な方法がまるで違う。
「平均的」に見て、本葉が生えているものが多い時期に、双葉のものも当然ある。
その双葉を伸びろ伸びろと無理矢理引っ張ったら、ダメになるだけである。
双葉は双葉として適切な手立てをとって、後は自力で育つのを待てば良い。
これが「個」として見るということだと思う。
そして、「子」だと思ってみれば、いつか大きく育つという目で待てる。

色々書いたが、学級経営で大切なことは飯村先生の
「子どもが子どもらしくいられるクラス」
「一生に一度しかない子ども時代を子どもらしく幸せに」
という言葉に集約されていると思った。

絶対到達目標がある以上、現実的には難しいこともあるが、そういうクラスを目指していきたい。

2014年8月16日土曜日

感動は生もの。「今すぐ」「少し」やる

8月1日、に発刊された拙著

「子どもの顔がパッと輝く!
やる気スイッチ押してみよう!元気で前向き、頑張るクラスづくり」
飯村友和・松尾英明著 明治図書

今回はこの本から、夏休みの学びに関する記事を引用する。

(以下、引用)
==========================
~感動は生もの。「今すぐ」「少し」やる~

「よーし!やるぞ!明日から。」こういうことは、よくあります。
特に、研修会やセミナーでたくさんネタを仕入れた後などに起こるやる気です。

やる気や感動は、生ものです。
放っておけば、どんどん鮮度が落ちます。
ネタも同様。語感からして、まさに生ものです。
感動したネタを、お刺身だとします。
そうだとしたら、いつ食べるのがベストですか?
間違いなく「今すぐ」でしょう。
そのまま放置して「三日後に食べる」という人は、いないと思います。

感動は、鮮度が命です。今のタイミングを逃さないことです。
しかし、実際には多くの感動を、使わないまま腐らせてしまいます。
すぐやれない原因は何でしょう?
その一つに、「大きく構えている」ことがあげられます。
実践前からあれこれ悩んで、取りかかりが遅れていないでしょうか。
ここで提案したいことは「小さく始める」ということです。
たくさん仕入れたネタの内、やれそうな一つをまずやってみるということです。
簡単にできるものがいいと思います。
=============================
(引用終了)

この後、夏休みにやる気いっぱいになって、正月には忘れている、というイラストが続く。
そうならないためにどうするか、という話である。

夏休み中の研修内容は、すぐに実践できないのが悩みの種である。
インプットした分だけアウトプットするというのが原則なのに、子どもが目の前にいない。

だから、何かしらアウトプットの形を自分で決めておく。

メルマガやブログ、SNSなどで発信するのが一つ。
アナログに「やりたい実践ノート」などを作っておくのが一つ。
人に話すのも一つ。

できれば、全部やれた方が良いが、できないものもあると思う。
せっかくの学びを、自己満足で終わらせない為に、必ずアウトプットを心がけたい。

2014年8月14日木曜日

ミニマムスタンダード

植草短大の佐藤愼二先生からの学びのシェア。

教育のユニバーサルデザインをどう進めるか。
その中で全校の「ミニマムスタンダード」を持つことの大切さを話された。
直訳すると、「最低基準」である。

特別な支援を要する子どもの中に「変化が苦手」というものがある。
臨機応変、予定変更というものに対応できない。
そういう子どもには年度が変わって担任が変わり、やり方が変わることがとても負担になる。

だから、「板書のきまり」「掃除の仕方」などを全校統一しようというものである。
そうすることは、支援が必要な子どもはもちろん、他の子どもにとっても助かる。
加えて、教師集団の側も、余計な指導をしないで済むので、他に力が注げる。

何でも統一すると不自由なイメージがあるが、ある程度の統一があった方が、逆に自由が増える。
自分の学校の全校統一のミニマムスタンダードはどんなものがあるか、考えてみるのも面白い。

2014年8月13日水曜日

自己開示と「教師理解」

夏休みの記事再録。

夏休みは、様々な研修会に出席する。
教師向けのものから一般向けのものまで様々である。
内容が面白い、感化されるという人の話し方には、共通点があった。

「自己開示」である。
自分の生い立ちや失敗談、苦労話や家族のことなどのエピソードが必ず入る。
「仕事術」みたいな、一見関係ない内容のものでも、そういう話が入る。

野口芳宏先生が次のようなことを話された。

教師の仕事は、大きく2種類である。
1つは、知識と技能の伝達。
もう1つは、感化と影響。

知識や技能は、外付けであるので、どうしても剥落する。
(大学受験の試験勉強を思い出すと、よくわかる。)
一方、感化・影響を受けたことは、内側からわき出るものであるから、一生残る。

30年経ってもなお教え子が覚えていることは、素晴らしい授業の内容ではなく、
「君はすごいね」などと何気なくかけた一言の方だそうである。

この感化・影響に直結するのが、自己開示である。
自分のことを話してくれる相手に、人は心を開く。
最近の教師は、自分のことを語りたがらないという。
(教師が自分をさらけだすと、色々と言われてしまう時代だからかもしれない。)
プライベートだからとかいって分け隔ててしまわず、自分のことを話す必要がある。
「教師の子ども理解」と同時に「子どもの教師理解」が大切である。

2014年8月12日火曜日

「いつか」は五日以内に

以前の記事の再アップ。


夏休み中、ある研修会での講師の先生の言葉が心に残った。
「今日は素晴らしい実践をたくさん知れましたね。
いいと思ったら、すぐに使ってみることです。
夏休み中なら、二学期にすぐ、です。
すぐやらなかったものは、もうきっと永久にやりません。」

本当に、そうだと思う。
これまで、様々な本や研究会でたくさんの実践を知った。
しかし、残っているものは僅かである。
すぐに実践したものだけである。
知識が技術になるのは、実践を通した場合だけ。
技術が技能にまで高まるのは、何度も実践したものだけである。

すごく感動して「いつかやろう!」と目を輝かせたものがある。
この、「いつか」が来ない。
覚えていないのである。
感動したことは覚えているのだが、何だったか思い出せない。
食べ物と同じで、いつか食べようと思ってしまっていたら、冷蔵校の奥で腐る。
刺身と同じで、鮮度が命である。

「いつか」やろうと思ったら、休日を除いて「五日」以内にやる。
つまり、学んだ次の週までである。
ダジャレでしかないが、日数も妥当で、覚えやすいのではないかと思う。

夏休みの学びを活かせるかは、スタートダッシュ命である。

2014年8月11日月曜日

「静けさ」もユニバーサルデザイン

先日受けた研修での学びシェア。
講師は植草短期大学主任教授の佐藤愼二先生。
元教員の大学教授である。
特別支援教育のスペシャリストである。

「教育のユニバーサルデザイン」がテーマだった。
「教育のユニバーサルデザイン」とはどういうことかというと、
「特別支援の必要な子には必須。
その他の子どもにとっても、ありがたい。」
というもの。
気付かずにやっていることもあるし、気付かないでやれていないこともある。
それを意識してやっていこうという提案である。

わかりやすい具体例で、「静けさ」が挙げられた。
「静けさ」は授業環境の基盤であるという。
いわずもがな、授業中は静かな方が集中できる。

「活発な発言が出る」のと「騒がしくて落ち着かない」のは、全く異なる。
「静けさ」が基盤で「活発な発言」は有り得る。
「静けさ」が基盤で「騒がしくて落ち着かない」は有り得ない。

「静けさ」の中であれば、教師の指示がよく通る。
「静けさ」の中であれば、友達の発言がよく聞こえる。
「静けさ」の中であれば、思考が深まる。

要は「静けさ」というのは、聴覚的に余計な情報が入らない状態である。
聴覚情報の処理が苦手な子どもは、どの教室にも確実にいる。
そして、それ以外の子どもにとっても、静けさの中の方が学習しやすい。

極端な話、教師一人に生徒一人が一番集中できる。
これが、特別支援教室である。
しかし、現実的に考えて、これを全員にやることは不可能である。
だから、大勢いる教室での一斉指導の中でも、「静けさ」を作る必要がある。

教育のユニバーサルデザインというのは、様々な場で研究会も行われている。
これからの教育のスタンダードになる考え方であると思う。

2014年8月9日土曜日

「親は一生、教師は一時」だが

先日受けた研修会での、講師の先生の言葉。

「親は一生、教師は一時」

親は、一生。
これはよくわかる。
一生、離れられない。
子どもの最高の理解者であり、責任者である。

教師は、一時。
その通り。
大抵、一年程度しか関われない。
転出等があれば、数ヶ月である。
ここで話が終わらず、
「しかし、この一時に意味がある」と続いた。

この一時が、子どもの人生を大きく左右することがあるという。
この一時の関わりが、生きていく上での力を与えることがあるという。
この講師の先生の娘さんは知的障害があるが、これまでの先生方のお陰で立派になれたという。

私はちょうどこの日、この研修会の前に、これと関わる話を、偶然ばったり会った元保護者の方から聞いたばかりだった。
その子どもにとっては、6年生で過ごした一時が、人生の支えの一つになっていたという。

有り難さと同時に、この逆もありき、という恐ろしさも感じた。
「教師は一時」ながら、決して疎かにできない。
もう一度、心身を引き締め直して、子どもの前に立ちたい。

2014年8月7日木曜日

成功のコツは二つ

大分前になるが、イエローハットの鍵山秀三郎氏からのお言葉。

成功のコツは二つある。
「コツ コツ」

駄洒落のようだが、本当にそうしてきた人の言葉だと、含蓄がある。

夏休みは、あっという間に過ぎる。
コツコツやれるかどうか。
これにかかっている。

夏休みが終わった後、リフレッシュはもちろん、成長した姿を子どもの前に見せたい。

2014年8月5日火曜日

『やる気スイッチ押してみよう!元気で前向き、頑張るクラスづくり』

8月になったところで、一つお知らせがあります。

飯村友和先生との共著
『やる気スイッチ押してみよう!元気で前向き、頑張るクラスづくり』
が明治図書のホームページにアップされました。
 ↓
http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-164614-1

今回の本では、全4章の内、2章ずつをそれぞれが担当して書き上げました。
飯村先生をはじめ、本当にたくさんの方々にお世話になって、今回の発刊に至りました。
実際に店頭に並ぶのは、8月20日の予定です。

編集部の方々、中のイラストを描いてくださった先生、カバーデザインをしてくれた友人。
これらの方々が、「本」という手に取れる形にしてくださいました。

しかし、ここに至るまでにお世話になった方々を考えると、数えきれません。
そもそも本の題材の中心は、当然ですが学校現場での様々な経験です。
これまで一緒に働かせていただいた皆様、関わらせていただいた全ての方々。
その中心は、これまで関ってきた子どもたちと保護者の皆様。
文字通り「叱咤激励」をしてくれた先輩の先生方も大勢います。

「学んだことを自分だけでためこまないで、人のために」という思いを、
何か形にしたいと思い、始めたのがこのブログとメルマガです。
そしてこれが、本の発刊のきっかけとなりました。
ここまで続けられたのは、読者の皆様のお陰です。

本当に「1人」の読者の方から始まった第一号が、本という一つの形になりました。
様々な困難もありましたが、これからも続けていきたいと思っています。
読者の皆様に、心から感謝申し上げます。
本の方も、手にとっていただけると幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。

2014年8月3日日曜日

仕事の満足度を上げる二つの要因

教師塾での学びシェア。

先月末に、OECD国際教員指導環境調査(TALIS)の結果が出た。
調査対象は世界34ヵ国の中学校教員。

教員の勤務時間としては、日本は週に54時間勤務で参加国中1位。
しかし、多忙だと感じている一方で、充実感もある人も多いというのが日本の教員であるという実態もある。
充実感も勤務時間も、部活動が大きな要因である。

また、仕事の満足度が高い教員には、次の二つの要因が関係しているという。
一つは、「校内にメンターとなる人がいる」ということ。
もう一つは、「校内に非公式な学びの場がある」ということ。

逆もありきで、校内にそういった人がいない、自由な学びの場がないと、仕事が辛い状態になりやすい。
興味深い結果である。

一律の宿題は、いらない

宿題の話。 例えば夏休み、学校では、どれぐらいの宿題が出た(または出した)だろうか。 教師の側からすれば「山ほど出した」という人は少ないと思う。 なぜなら「山ほど」かどうかは、受け手が感じることだからである。 「子どもの負担を考えて、少なめにしました」という人でも、相当...

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