2012年4月28日土曜日

マイナスとプラス 陰と陽

学級担任は、とかく短所や問題点に目がいきがちである。

例えば、学級で手のかかる子どもがいる。
いつも悪態をついたり、または指示をきけないような子ども。
まあ、学級の1割程度はそんな感じの子どもではないかと思う。
必ずいると言っていい。

気になるので、いちいち注意する。
それは、必要なことである。
放っておくのはよくない。

問題は、周りの子どもである。
その子どもが注意されている時、周りの子どもも注意されている気分になる。
何も悪いことをしていないのに、損した気分である。

よくよく見ると、注意されている行動と真逆の行動をとっている子どもが必ずいる。

掃除をさぼっている子どもがいれば、すみずみまで黙々とやっている子ども。
授業が始まっても席につかない子どもがいれば、授業開始前に準備をして座って待っていた子ども。
話をしている時、手いたずらして子どもがいれば、真剣にメモをとって聴いている子ども。

マイナスを指摘するなら、プラスも指摘した方がいい。
むしろ、プラスを先に指摘すれば、マイナスの行為は自然に正される。
たとえば「○○君、姿勢がいいね!」と言えば、全員がしゃきんと背筋をのばす。

プラスとマイナスはセットで存在する。
例えば、陰陽道のマークは陰と陽が切り離せないことを示す。
必ず、両者はセットである。

マイナスを指摘する前に、プラスに目を向けたい。

2012年4月26日木曜日

児活と通常の授業の違い

委員会活動などの児活と、通常の授業の一番の違いは何か。

それは、「子ども主体」であること。
通常の授業は、何だかんだ言って、教師の側が主体である。
子どもが中心に活躍する授業にしても、基本計画は全て教師である。

一方、児活はその名の通り、児童の活動である。
学級会に近い。
だから、可能な限り、子ども中心にする。

クラブや委員会活動、児童集会の発表などで、教師の側が指導しすぎることがある。
そうすると、急に「やらされてる活動」になり、児活の魅力が激減する。

毎年やってる委員会活動なども、「例年通り」ではつまらない。
その年度の子どものアイデアを生かし、ワクワクするような活動にしていきたい。

2012年4月24日火曜日

子どもと何でつながるか

「その子どもと何でつながるか」
これは、私が教育実習の時に指導担当の先生から教えてもらった言葉である。
確か以前にも紹介したと思うが、特に今の時期に大切なことなので再度記す。

教室には様々な子どもがいる。
活発で明るい子どもは、普通にしていれば会話できる。
学習が遅れがちだったり、やんちゃな子どもは、何かと1対1で会話する機会ができる。

注意すべきは、特にこれといった問題もなく、目立たないきちんとした子ども。
何かしら、つながるための「チャンネル」が欲しい。
日記は、有効な手段の一つになり得ることが多い。
一緒に遊ぶのも、つながりを深めるよいチャンネルである。
音楽指導が得意な人は、歌でもいい。
絵をかくことでつながってもいい。
将棋やオセロでつながれる子どももいる。
好きな本のことでつながれる子どももいる。
漫画だって、歌手だっていい。

全ての子どもと、何かしらのチャンネルでつながっていることが大切である。

子ども一人一人を見るということは、言うは易く行うは難し。
相当意識しないと、自然にはできないものであると心得たい。

2012年4月22日日曜日

3・7・30の法則

タイトルは、先日も紹介した野中信行氏の言葉である。

最初の3日で、楽しいイメージと学級作りの仕組みを作り、
7日で学級の仕組み作りや指導のポイントをおさえ、
30日で、1週間で作り上げた仕組みをさらに徹底、繰り返し指導する、
というものである。

今、10日程度が過ぎた頃と思う。
色々仕組みを作ったことだろう。
これを、「30日」まで徹底することである。
「30日」は大変であるため、特に抜けやすい。
しかし、ここを踏ん張ることで、学級の1年間の仕事の80%が終わると考えていい。

まず、最初の仕組みを、徹底しよう。

2012年4月20日金曜日

黄金の三日間 その3「楽しい授業」

学級成立までの子どもが求める条件を再度示す。

1安全・安心な教室であること
2規律が守られ、学習活動が保障されること
3楽しいこと

1は最低限おさえたとする。
2のルール面も指導した。
次は、3である。

どの場面で楽しさを持たせるか。
やはり、学校生活の大部分を占める、授業である。

「楽しい」も大きく2つに分けられる。
1つは、笑ったりするような、単純な楽しさ。
お笑いを見るのも、ディズニーランドに行くのも、この類である。
エンターテインメント的な楽しさである。

2つ目は、知的好奇心による楽しさ。
何かを発見したり、できるようになったりすること。
英語でいうとinterestingにあたる。

授業では、後者を重視しつつ、前者の要素を取り入れたい。

私は毎年必ず百人一首を行うが、両方の要素が入っていて、かつ規律の面も指導でき、オススメである。

また、読み聞かせも同様である。
先日紹介した岩瀬先生のオススメの本
「ありがとう、フォルカー先生」 パトリシア・ポラッコ作 岩崎書店
などは、学級の始めの方に読んできかせると、学級経営に役立つと思う。

次号、4月に行う授業について、いくつか紹介していく。

2012年4月18日水曜日

黄金の三日間 その2「ルールの指導」

何事も、最初が肝心である。
後で何とかなることと、何とかならないことがある。

たとえば、花の種をまくのにも、時期がある。
時期を逃すと、咲くものも咲かなくなる。
物事を為すには時期、タイミングは命といえる。

学級の基本ルール。
これは、やはり最初が指導の時期である。
後から追加することも可能だが、基本は押さえておきたい。

「人を叩かない」などというのは、もはや社会的に当然すぎることなのでいちいち確認しない。
それより、独自のものを取り入れたい場合は、早めに指導しておく。
たとえば、私はプリント類を渡す時に「どうぞ」「ありがとう」の一言を添えさせる。
(有田和正氏の実践の追試である。)
これなどは、指導しないと絶対やらない。
後から加えると、定着しにくい。
だから、最初に指導する。

「廊下の移動の仕方」なども、上手にできないなら最初に指導するのが良い。
廊下はなぜ静かに移動するべきなのか。
どういう姿がいいのか。(私は静かに素早くを「忍者」または「ゴキブリ」で表現する。)
そういうことを簡単に説明し、やらせて、できたら誉める。
やはり、後から指導すると、何倍も労力がかかる。

ルールについては後で苦労するより、先取りした方がよい。
とりあえずでいいので、大枠だけ決める。
最初が、肝心である。

2012年4月16日月曜日

黄金の三日間 その1「安全・安心の教室」

ちょっと過ぎてしまったが、黄金の三日間について。
(メルマガでは、タイムリーに発行したものの、ブログも先に投稿すべきだった。タイミング失敗。)

「学級開きから黄金の三日間をどう過ごしたらよいか、教えて下さい。
特に、統率力という点で悩んでいます。
高学年に決まりを教える際にはどうしたら効果的か?
守らせるには?といつも考えています。」
という依頼のメールが来たので、これについて書く。

学級開きと統率力。
切っても切れない関係である。
最初の3日間、子どもは教師の「品定め」をする。
この先生は優しいのか怖いのか、厳しいのか甘いのか、
どこまでやったらOKで、どこからがNGなのか。
そういうことを、様々な行動や言動で試してくる。
かわいくなついてきているようで、実は「品評会」の最中である。
セールスと同じで、甘い顔をしているとつけ込まれる可能性もある。

では、どのようにしていくのか。
統率するには、統率されたいと信頼される教師になる必要がある。
いきなりルールを押しつけても、うまくいかないか、ロボット人間を育てるだけである。

学級成立までの子どもが求める条件を次のように考える。

1安全・安心な教室であること
2規律が守られ、学習活動が保障されること
3楽しいこと

この順番を間違えてはならない。
確かに、楽しい教室は子どもにとっていい。
しかし、それは安全や安心をベースにしたものである。
規律が守られていても、安心でない場合もある。
だから、まずは「安全・安心」を子どもに与えることを最優先にする。
特に、いじめや学級崩壊などを経験してきた子どもにとっては、最重要である。

具体的な方法は様々だが、私が必ず話すのは
「このクラスの全員を、必ず守る。一人残らず、見捨てない。」という約束。
かなり自信を持って、断言する。
それが信用されるかどうかは、その後の品評会で決められる。

まずは、「安全・安心の教室」宣言である。

2012年4月14日土曜日

不安と期待は裏表

新年度がスタートし、色々と不安に思っている人も多い。
特に、異動をした人は不安も大きい。

不安とセットで裏表になっているものがある。
期待である。
期待のないところに不安はない。
不安を感じるということは、「変わろう」としていることの証明である。

何に不安を感じているのか。
「新しい職場になじめるのか」と不安に感じているならば、
それは「新しい職場で良い人間関係を築きたい」という期待の裏返しである。

逆に、何の不安も感じていないなら、それは「今まで通りでいよう」としているのかもしれない。
(または、相当な自信がある人もいる。)

不安の原因を考えて、プラスのエネルギーに変換したい。

2012年4月11日水曜日

「味噌汁・ご飯の授業」へ

やはり、野中信行氏の言葉である。
食育の話ではない。
普段の授業のことである。

つまり、「年に一度のご馳走」でなく、毎日の「味噌汁・ご飯」をしっかり出せということである。
授業研で打ち上げ花火のような授業をして、後は丸っきり、というのが多いという話である。

日常の授業を、それなりに充実させる。
70点の授業でよい。
それを、毎日続けること。
その方が、すごいご馳走を出すよりも大切だということである。

とてもわかりやすいたとえだと思う。
やはり、日常が大切である。
どんなに豪華に飾っても、下地が見える。
日々、本物の授業を目指したい。

2012年4月6日金曜日

新型学級崩壊の4大原因

前号に続き、野中信行氏の話である。
以下、引用する。

新型学級崩壊の4大原因は次の4つ。
1厳しくしすぎ
→縦糸の張りすぎ
2心が通じ合わない
→横糸を張れない
3スピード・リズム・テンポが悪い
→大抵は遅すぎ。現代っ子はCM慣れしていて、大人より速い。
4おしゃべり授業
→子どもの大半が傍観者


4つの観点について、自分の学級経営を振り返って見ると、何か見えるかもしれない。

2012年4月5日木曜日

学級経営は縦糸と横糸のバランス

そろそろ、次の学年もわかり、新年度の学級作りを意識しはじめる頃である。
学級経営に関して、先日興味深い話をきいたので、シェアする。
(ご本人の承諾済みである。)

野中信行先生という、崩壊した学校を建て直すプロ教師の話である。
学級経営がうまくいかず崩壊するという現象が、ベテラン教師に多く起きているという。
ここ十年ぐらいの話である。
この学級崩壊の原因が、「縦糸と横糸」のバランスにあるという。

縦糸とは縦の関係であり「返事」「挨拶」「言葉遣い」「ルール」等の規律面を指す。(上下関係)
横糸とは横の関係であり「一緒に遊ぶ」「誉める」「励ます」「笑い合う」「子ども同士で学び合う」等の、伸びやかな雰囲気を作る要素を指す。(横ならびの関係)

新任教師が失敗するのは、どちらが不足しているからか。
ちょっと考えてみて欲しい。
すぐわかると思うが、「縦糸不足」である。
寄ってきてくれる子ども達がかわいくて、仲良くなり「いい先生」を目指しすぎ、規律がなくなる。
このパターンは、数十年前から続く学級崩壊ゴールデンパターンである。

逆にベテラン教師は、縦糸が強すぎるせいによる学級崩壊を起こしているという。
TOSS代表向山洋一氏はこれを「新型学級崩壊」と名付けたと、産経新聞上で発表していた。
「新型」とはいうが、もう十年前から起きている現象らしい。
規律ばかりを強め、関係をもてずに、子どもが反発していく。
何をいっても反抗的になる。
こういうパターンに陥るらしい。


大変わかりやすい理論である。
自分の新しく持つ学級をどうしていきたいのか。
縦糸と横糸のバランスで考えてみるといいかもしれない。

2012年4月3日火曜日

豆腐のような人に

教育実践も、偏ると危ない。
ある方法がいいからといって、別の方法が正しくないとは限らない。
状況を見て、柔軟に使い分けることが肝要である。

明治時代の俳人、萩原井泉水さんは、人間の柔軟性を豆腐にたとえて、次のように語っている。
豆腐は、形はしっかりしているのに、柔らかく、形を自在に変え、どんな料理にも合う。
しかも主役を引き立て、自己主張しすぎない。
それは、冷水につけられた後釜ゆでされ、更に臼でひかれた後、細かい袋の目をこして固められるという苦労をしたからである。
豆腐のような柔軟な人間になりたい。

自分自身、思うところがある。
例えば私は、以前から「教師をあだ名で呼ぶのはいかん」と考えている方である。
しかし、以前紹介した岩瀬直樹氏は、「イワセン」とあだ名で呼ばれている。
そうなると、教育実践の素晴らしい実績があるだけに、必ずしもこれがダメとは言えなくなる。

要はあだ名が問題なのではなくて、それによって指導が通らなくなったり、目上の人への敬意をなくすのが問題なのである。
そこがクリアできているなら、何ら問題ないということになる。
(しかしそれでも私は基本的に、教師をあだ名で呼ばせるのは避けた方がいいと考えている。
あだ名で呼ばせても上手に学級経営できる人なら、問題ないという話である。)

逆に勘違いしてはならないのは「じゃあ、あだ名でいこう!」と飛びついてしまうことである。
自分とクラスの子どもに合うかどうかは、別問題である。(まあ、とにかくやってみないとわからない面が多いが。)

柔軟な心で、様々な方法を認めながら、自分に合うものを模索するのが大切であると考える。

2012年4月1日日曜日

右に寄っていれば、全部左に見える

以前、講演会で次のような言葉をきいた。
「右に寄っていれば、全部左に見える。
左に寄っていれば、全部右に見える。
真ん中に立つと、バランスよく両方見えます。」

全ての物事に、これは通ずると思う。

ある方法がいいと知る。
信じて、試しにやってみる。
しかし、うまくいかない。
なぜなのか。

逆に、試しにやってみて、うまくいくとする。
この方法は絶対いいと信じる。
しかし、周りの人にすすめても、やろうとしない。
なぜやらないのか、疑問に思う。

両方の疑問の解答は至極簡単で、「違うから」。
やる人が違う。
相手が違う。
環境が違う。
時代が違う。
・・・

ある人にとって100点の方法でも、ある人にとってはマイナス100点ということもある。
食べ物に例えるとわかりやすい。
すごくうまいレバ刺しだから食べろと言われても、生もの&レバー嫌いには苦痛以外の何者でもない。
女の人なら、化粧品がわかりやすいかもしれない。
すごくいいと知人にすすめられ、超高級な化粧品を買ったが、肌に全く合わないというのはよくきく話である。

教育も同様である。
(次号に続く)

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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