2014年5月31日土曜日

応援係指導の心構え

応援係を指導する際の教師の側の心構えについて。

子どもには、何のための応援係なのかを自覚させるということを前回書いた。
同様に、教師の側も目的意識をはっきりさせる。

応援係がどうなれば良いのか。
職員会議の提案文書に目的が記載されているはずである。
例えば自分が担当の時には、応援係の目的については次のように書いた。
「自主的に動き、創意工夫をして物事をつくりあげていく体験をさせることで、
高学年としての自覚とリーダーシップを育む。」

要は
1 自主的に動く
2 創意工夫してつくる
の2点を通して自覚とリーダーシップがつけばねらいは達成される。

そうなるように教師の側は指導する。

全部準備してあげると、1も2もやる機会を奪う。
だからといって放っておいたら、1も2もできない。
(できるなら、ねらい自体を変えている。)

どうすると自主的に動くか。
やることが明確であれば自主的に動ける。
当面の目標として、何と何をするかを示す。
これは指導者の側の役割である。

どうすると創意工夫をするか。
いくつかの例があれば、組み合わせたり変化させたりできる。
創意工夫には、材料が必要である。
ゼロから全てを生み出すのは、時間に余裕がある時だけである。

つまり、指導者側は
1 まず何を決めて活動すればよいか
2 いくつかの応援の型(基本型、応援歌、つなぎ、導入と終わり方)
この2つを最低限心構えとして準備しておく。
そうして、はじめてスタートラインに立てる。

応援係の子どもは、最初やる気はあるが迷っている。
だから、最初は多めに手をかけてよい。
しかし、本番が近付いて応援ができあがらずに困って、指導者が頑張るのは本質が違う。
その段階では、応援団長を中心に応援係の子どもが悩むべきである。
リーダーとしての自覚が育ち、創意工夫しようと努力している子どもになっているはずである。

短期であることを除けば、学級作りと根本・本質は同じである。
短い時間で成果が出るよう、最初の段階で一番力を注ぎたい。

2014年5月29日木曜日

応援係の指導の根本

春の運動会シーズンである。
高学年だと、応援係を指導する。

応援係の指導法にも、自分なりの基本がある。
応援合戦に勝つことを目的化している訳ではないが、毎年結果的に良い集団に育っていると思う。
指導したことがないという方のために、根本に当たる部分を述べる。

応援係は、比較的活発な子どもが集まる。
最高に目立つ役なので、自然とそうなる。

どうやってなったかにもよるが、なった以上は役割を自覚する必要がある。
勘違いで多いのは「自分が輝く」が目的化している子ども。
そうではない。
応援係は、応援を通して全員を盛り上げる係である。
1年生から6年生までの全員の力を引き出す係である。
応援合戦では、自分が声を出すのは当然で、全ての仲間に声を出させる方が重要である。
この辺りの役割は、教えてあげないとわかっていないことが多い。
1年生からの「憧れ」で立候補していることも多く、経験は無いのだから当然である。

応援係には根底に「周りへの感謝」を絶対に忘れさせない。
特に立候補して選んでもらった場合は必ずである。
なれなかった仲間もいるのだから、その仲間が納得いく姿を見せる責任を負う。
光が濃ければ影も濃い。
最高に輝く分、影の部分が必要になる。
前に立つ分、多くの努力や責任を負う。
団長なら、応援の全てを家で何度も繰り返し練習して、一番に完全に暗記してくるぐらいは当然やって欲しい。
周りを輝かせようとしている結果として、自分も輝くことになる。

これは、部活動や陸上記録会などの全ての「選手」にも当てはまる。
周りの支えがなければ、練習もまともにできなかったはずである。
選手が共にがんばってきた仲間に応えようとするから、周りも必死に応援する。
その応援により、結局選手である自分にも良い結果が出る。

「選ばれる」ということの誇りと責任の自覚。
おごりが出るぐらいなら、選ばれない方がその子にとってプラスになる。

そういう気持ちを持たせて、凜とした応援係を育てたい。

2014年5月27日火曜日

ネタ、モノ、手法の共有化

先日、友人と話していたところ、興味深い話が出た。

例えば、子どもの目が輝くネタやモノ、手法がある。
それぞれの先生が持っている。
しかし、同僚であっても意外と知らないことが多い。

良いものなのに、なぜ知れないのか。
原因を考えた。

知らない側の原因は、こちらが知ろうとしないことが考えられる。
これは更に大別できる。
1つ目は、自分の中にニーズがない場合。
特に困っていないから、いらない。または合わないと思っている。
2つ目は、単に気付いていない場合。
困ってはいるが、身近に解決法を持っている人がいるとは思っていない場合。
3つ目は、相手が聞きにくい場合。
話しかけにくいとか、教えてくれなそうな雰囲気を持っている。

持っている側の原因としては、教えようとしないことが考えられる。
これも更に大別できる。
1つ目は、教えるほど価値のある実践だとは本人が思っていない場合。
普通にやっていることだから価値を感じていない。
2つ目は、教えたくない場合。
自分以外の人もできるようになると、自分の価値が下がると思っている。
3つ目は、教えたいけどどうしていいかわからない場合。
自分が嫌われていると思っていたり、有り難迷惑になりそうだから控えている。

原因は様々だが、総括すると「コミュニケーション不足」に尽きる。
互いを知らないから、高い価値を感じない。
風通しの良い職場では、自由な実践とその共有化がしやすい。
雑談や飲み会のような場にこそ、学びの種がありそうである。

2014年5月25日日曜日

受け身は極悪

教師塾での学びのシェアの続き。

「受け身は極悪」

語感が痛烈だが、受け身になってしまいがちな弱い気持ちを戒めるためと捉える。

何か学んだら、必ず子どもや周りの人に還元する。
頼まれる前に実行する。
自分から進んでやる。
トラブルが起きたら、すぐにできる手を全てうつ。
「悲観的に最悪を想定して、最高の準備をし、楽観的に臨む」
トラブルにも受け身でなく、攻める。
予防的生徒指導に力を注ぎ、治療的生徒指導の負担を減らす。

どれも当たり前のことだが、意識していないと意外と難しい。
心に残った言葉なので紹介してみた。

2014年5月23日金曜日

応援係の指導ステップ10

メルマガ上で応援指導についての記事を発信中。
いつものペースでアップすると運動会シーズンが終わってしまうので、こちらにも先に掲載。
元々2号分なので長いのはご容赦を。

応援係指導のやり方が、人によってかなりまちまちであることに気付いた。
教科書や指導書がないのだから仕方ないが、ある程度マニュアル化されていると、工夫もしやすいのではないかと思う。
よって、自分なりの「応援係の指導ステップ10」を公開してみる。
(大したことは書いてなく、分かっている人には当たり前のことばかりである。
ただ、初めて応援係を指導する人には役立つと思う。)

1.心構えの指導
最も大切なのが心構えの指導なので、最初に行う。
農業で言うと土づくりの部分に当たる。
土で野菜の出来が決まる。

指導すべきは「応援係とは何なのか」ということ。
間違っているのは、自分が目立ちたいという思い。
それは別のところへ行ってやってもらう。
応援係とは全校児童に応援を教えるのが第一の仕事である。
その上で、自分達の動きを考えればよい。
放っておくと、自分達の派手な動きばかり考え、全体の動きが忘れられがちである。
本来の重要な役割を自覚させる。

さらに「人は口だけの人には教えられたくない」ということも指導しておく。
リーダーとして前に立つからには、生活態度から改める必要がある。
普段人の話を聞けないと思われている人に、「話を聞け」と言っても誰も聞く訳がない。
「声を出して」と言っている本人が出ていないでは、話にならない。
掃除などを一生懸命やる、ルールを守るといったことについても同様である。
リーダーとしての言行一致が求められる。(教師にも当てはまる。)

2.立ち方の指導
姿勢は大切。
肩幅の2倍程度に開く。
腰骨は立てる。
腕は後方、手の甲を腰に当てて組む。(腰より下げない。)

3.声の出し方の指導
「声が出る」というのは、応援係に立候補した時点でクリアしているべき項目である。
ここでは応援用の「より良い声」を出すための指導をする。
腹の底から声を出す。
顔は斜め上方に向けることで、腹の底からまっすぐ声を出しやすくなる。
口は当然、目一杯開ける。
声を出す時にはひざを深く曲げる。
頭のてっぺんから足の裏まで全身を使って声を出す。

4.動きの指導
静と動にメリハリをつける。
流れるような動きにしない。
止まるところは止まる、動かす時は素早く動かす。
そして、指先までピンと張り、目一杯動きを大きく見せる。
「空間」を最大限に表現する。

5.表情の指導
「応援係は顔が命」と教える。
別にイケメン、美女軍団になれという訳ではない。
顔を引き締めろということ。
口元をきゅっと結び、目は一点を「ギン」と見つめる。
特に大切なのは「目力」。
とかく応援は「声」と勘違いしがちだが、合唱等と同様に、全身のパフォーマンスであることを確認する。

6.基本の型を一つ徹底する
様々な応援を考える前に、まず一つを徹底する。
いわゆる「フレフレ」である。
大声を出せて、基本的な動き(腕から指先までピンと伸ばす)等が指導しやすい。
この基本がきちんとできるようなら、他の応援は自然にできるようになる。
だから、基礎をきちんと固める。
間の取り方や声の出し方、スピード等を指導する。
表情や立ち方もここで再確認し、統一する。
ここで教えたことを、応援係は後で全校児童に指導することになる。

7.応援歌を作る
応援歌は、歌いやすくてみんなが知っている曲を選ぶ。
その場で「考えよう」だとすぐ出てこないので、宿題にして一人一案持ってこさせる。
その中から、良いものを選べばよい。
原案の歌詞がうたいにくい、内容が不適切な場合は、相談して改めて決定する。
時間の節約の為に、教師が一時預かりして選別してくるのも手。

8.他の応援を作る
これも一人一案、宿題にする。
選ぶコツは「声が出しやすい」、「やってて楽しい」または「かっこいい」こと。
CMや流行モノをちょっと取り入れるのもいい。(お笑いは人気。)
オリジナリティを存分に発揮させたい。
どうしても出ない場合のみ、教師から提示することもありえる。(基本的に必要ない。)

9.組み立てを考える
いくつか作ったものを、どの順番で組み立てるのか。
制限時間内におさまるよう、速さの調節も必要である。
応援と応援の「つなぎ」もここまでに考える。
「つなぎ」は隊形移動の時間かせぎでもあるので、短すぎても長すぎてもいけない。

10.応援係の動きを考える
ここまで考えた応援の動きは、全て「全校児童の動き」である。
まずそこを作れば、安心である。
各学級で練習してくれる。
逆に、ここを変更するとなると、伝達にかなりの手間がかかる。
応援係自体の動きは、前日に変更しても大丈夫。
それぐらい自由度の高いものであるので、本当に後回しでよい。
また、応援係が一番楽しみにしている部分でもあるので、最後までとっておくという意味もある。
側転でも騎馬でも組体操でも「EXILE」でも派手にやりたいようにやらせればよい。
ただし、安全面にだけは絶対留意する。

以上の10ステップ。
ちなみに、「宿題」が多いのだが、応援をその場で考える時間はない。
全体の場は、あくまで「合わせ」の場である。
個人でじっくり考えるのは、家で一人の時の方が良い。
私はよく、朝の日直のスピーチでも「みんなの前に立つ1秒は30秒の価値」などと教える。
応援係が集まる貴重な時間に、個人活動は無駄である。(学校での各種会議でも同様。)
まして、全校児童の前に立つ時には、1秒の価値が100倍以上になる。
「気合いを入れて立て」と指導する。

なお、今年度作った応援については、ビデオにとるなどして記録しておいた方がよい。
(私は、映像を見直すのが面倒な質ので、文書化して保存している。)
必ずまた指導する機会が来るからである。
(そして、数年経過しているので忘れているのが常である。)

少しでも参考になれば幸いである。

2014年5月21日水曜日

短期の評価と長期の評価

今回も先日の教師塾での学び。

「教師は短期で評価したがる」

確かに、その通りだと思う。
特に学級担任の場合、多くは1年間の勝負である。
この1年間で結果を出したいと思うのは当然といえば当然といえる。
短期で出せる結果は短期で出したい。

しかし、子どもの成長は「発達段階」を抜きには考えられない。
わかりやすい例では、筋力トレーニング。
筋力系は中学以降に大きく伸びる力である。
幼児や小学生への過度な筋力トレーニングは害の方がはるかに大きい。
逆に、巧緻性(体を巧みに操作する力)は、一般的に小学校3,4年生がピークである。
この時期を逃すと、後で回収するのは大変だといわれる。
だから器械運動などは、この時期に確実に取り組ませておきたい。

学校では様々な能力を評価する。
評価対象は学力面、体力面に加え、心の面もある。
この中には、短期で変わるものと、生涯を通して変わるものがある。
発達段階に応じて考えると、短期の評価にそぐわないものもある。
そこを区別しないで、全て短期で評価しようとすると、無理が生ずる。

1年勝負だと思うと焦る面もあるが、次につなげればいい。
逆に、担任が終われば後は関係ないというような教育は慎みたい。
ずっと関われということではなく、手放した後もずっと生きる教育が求められる。
自分の前でしか輝けない子どもを育てないこと。
長期的な視点を持って「自立型人間」を育てる教育をしたい

2014年5月18日日曜日

運をつけるために何をしていますか

東京教師塾での学びのシェア。

「運をつけるために何をしていますか」
という問いかけがされた。
つまり、運がいいとか悪いとかも、ある程度自分次第だということである。

運が悪くなる習慣がある。
愚痴る・文句を言う・怒る・自分勝手に振る舞う。
全部、原因は感謝不足。
そういう行為が、運を逃す。

原田隆史先生は、日本一になるために、陸上部員全員に家での皿洗いをさせる。
心作りのためでもあるが、これが「運を良くする」行為にもつながる。
他への奉仕が、運をよくする。
感謝の心が、運をよくする。

毎日のルーティーン行動に、運をつけることになる行動を多く取り入れていきたい。

2014年5月16日金曜日

怒りを消すのは、感謝のみ

原田隆史先生の主催する「東京教師塾」での学びのシェア。
次は、塾頭の原田先生の言葉。

「万国共通で、怒りを消すのは、感謝のみ」

感謝不足は全ての不幸を引き起こす。
万物に感謝している人は、怒らないし不幸にもならない。

アメリカのミスコンで第5位になったある女性は、1位になれないのを苦に自殺したという。
諸事情あるとは思うが、5位になるほどの票を入れてくれた人がいたことに、果たして感謝の念はあったのか。

一方、戦争に行って手足がなくなって帰還したある人は「生きていてラッキー」と答えたという。
戦地に行った多くの仲間が死んでいく中、生かされたと神様に感謝している。

以上が学びで、以下は私見。

これらは極端な例だが、教室でも同様のことは起きる。
たとえば、いつもきちんとやらない子どもがいる。
ここだけに着目すると、腹が立つ。
しかし、周りをみると、いつもきちんとやっている子どもがいる。
ここに着目すると、感謝の念が湧く。

その後で、もう一度「きちんとやらない」方の子を見る。
よく考えると、来てくれていること自体に感謝の念が湧くことがある。
毎日学校にきちんと来てくれているということ、こんなに有難いことはない。

そしてどれだけ叱られても「先生大好き」と言ってくれる子どもだったりする。
こんなに有難いことはない。
そこに着目すると、感情も一気におさまる。(ことがある。)
この点は、親子関係でも同様である。

教室では叱責よりもむしろ感謝の言葉を多くかけることを心がけたい。
率先垂範して子どもにもその価値を伝えていく。

これは、大人社会での人間関係についても同様であると思う。
不満ばっかり言っている時、やってもらっていることに気付き、感謝できているか。

感謝は、し過ぎることはない。
感謝の種に気付かずいることが問題である。

2014年5月14日水曜日

会議が延びる二大原因

先月のサークルでの学び。

4月は職員会議が多い。
会議が延びると、何かと支障が出る。
短く効果的に行いたい。

会議が延びる原因は次の二つに集約されるという。
1 提案自体に穴が多い
2 司会が下手

職員会議は、校長の命令で延ばすことが法律的にも認められている。
しかし、時間内に終わるに越したことはない。

逆に、職員会議にかける前の企画会議などは、十分に時間をかける必要が出る。
その上で、通る提案をすべきだという。

また、司会は話が横道に逸れないようにしつつ、余計なことを言わない。
提案した文言を繰り返し説明したりする必要もない。

基本的なことだが、意外とできていないことが多い。
自分も、反省しきりである。
分掌上、提案が多い人には、特に注意したいことである。

2014年5月12日月曜日

やってこなかった自分

学習会は、講師の先生の話がメインだと思いがちである。
しかし、それを聴こうと集まる人とのつながりが、それ以上に価値がある。
当たり前だが、どの人も自分より熱心に勉強している人ばかりである。
(これが有料のものだと、尚更である。)

例えば、何かの会に出る。
そうすると、大抵、何人かの方が葉書を送ってくださる。
(名刺を持つ良さの一つである。)
そしてそういう出会いは、学習会そのものより、懇親会での出会いの方が多い。

先日出会ったある先生は、子どもにも送っているという。
クラス全員である。
しかも、一人一通ではないらしい。
事ある毎に書くそうだ。
もちろん、全員に均等に出す。
「複写はがきのひかえ」というものを使用しており、出した葉書の文面が保存されている。
それを見せていただいた。
文字は整って美しく、羨ましい限りである。
日常のささいな、でも、担任しか知らない、通知票には書かないようなことが書かれている。

ちょうどその少し前に、自分の子どもにも園長先生から葉書が届いたことを思い出した。
読み返してみると、やはり温かい気持ちになる。
こういうささいなことを、やっている人はやっている。

自分は、やってこなかった。
ここの部分に、差が出ていることに一つ気付けた。

勤務校の人を見てもそうである。
若い人でもベテランの方でも関係なく、こつこつ積み上げている人がいる。
地道に目立たないことを、黙ってやっている人がいる。
誰も見ていないところで、実はがんばっている人がいる。

自分は、そこが抜けていたように思う。

そこに気付けたのも、外の出会いからである。
外を見て、内を見る。
そういうこともあると気付けた素晴らしい日が、最近あったので紹介してみた。

2014年5月10日土曜日

面白い俳句を作れる学年は?

俳句の会に参加している方から聞いたお話。

その方は、小学校へ俳句の指導ボランティアで時々行く。
そうすると、3年生から4年生あたりが良い句を作る傾向があるという。
1年生や2年生は語彙不足でうまく表現できないことが多い。
5年生や6年生では、上手く作ろうとして逆に面白味に欠く。
その点、中間の3年生と4年生がちょうどいいらしい。

感性だけで、知識や技能がないのもうまくいかない。
技巧に走ってもいけない。
図工や音楽の指導にも通ずる。

教える側にもいえることだと感じた。
方法に頼りすぎず、初任の頃の感性も忘れずにしたい。

2014年5月8日木曜日

得意技を一つ持つ

もう学級開き後の1ヶ月も過ぎるところで、その3。
楽しさについて。

目標は見えた。
安心でもある。
そして、楽しさがある。
そうなれば、毎日やる気も起きる。
お寺の修行ではないのだから、いくらためになりそうでも苦行ばかりでは続かない。

最初の方の楽しさは、とにかくこれからに期待が持てるようならばよい。
楽しい話でひきつける人もいる。
運動でひきつける人もいる。
ギターなどの楽器を演奏する人もいる。
得意のマジックを披露する人もいる。
必殺の授業ネタがある人もいる。(理科の先生に多い気がする。)

ある人に言わせたら「得意技を一つ持て」ということである。

私などは、大した特技もないが走ることだけはそこそこなので、とにかく子どもと遊んでみる。
鬼ごっこ系をすると、特に活発な男子は走って食らいついてきてくれることが多い。
全員はカバーできないが、ある程度の関係をそこで作れる。

隣のクラスの先生の良さや楽しさは、手に入らないかもしれない。
自分の強みで、楽しさも作るしかないように思う。
それが、いわゆる「担任カラー」になるように思う。

2014年5月6日火曜日

安全は、全てに優先

学級開きの3要素にあげた2つ目、安全・安心について。

安全は、全ての事項に優先する。
体育や図工に限らず、学校生活全般にいえることである。
学級内においても、安全性だけは確実に確保しなくてはならない。

教室内で暴れるようなことがあっては安全とはいえない。
学級内でケガをしてはいけないというのが大前提である。

具体的には、最初の内に次の話をする。
「普段は優しいけれども、厳しく叱る時があります。
次の3つの時です。
1 命に関わる危険なことをしている時
2 他人を傷付けて喜ぶようなことをしている時
3 3回同じことを注意しても直そうとしない時
この3つについてだけは、厳しくしますので、承知してください。」

1も2も、安全と安心に関わる内容である。
この宣言で、横暴な行為は許されないことを共通理解として持つ。
(逆に言えば、安全と安心に関わらないこと以外は、そこまで厳密にする必要はない。)

安心は「心」の字が入っているように、肉体的だけでなく精神的な意味も持つ。
不安があるようでは「安心」とはいえない。
発言した時に人をばかにするような風潮があっても安心できない。
「間違い大歓迎」も宣言し、実行する。

言うだけ実行しないといけないが、宣言しておくことには意味がある。
それが共通理解につながる。

2014年5月4日日曜日

目標設定のための方針を示す

目標設定の具体的な方法から。

初日、どんな形でもいいので、担任としての方針を伝える。
大まかでいい。
「明るいクラス」
「やるべきことをきちんとやるクラス」
「元気いっぱいのクラス」
「思いやりのあるクラス」
「磨き合えるクラス」
・・・
学級の数だけ、無限にある。
具体性を欠いている目標でよい。
これを設定してから、具体的に突っ込んでみんなで作ればよい。
または、イベントごとに作ってみてもいい。

例えば「元気いっぱいのクラス」を学級目標にしたとする。
朝の歌を大きな声で歌うことになる。
外でたくさん遊ぶことになる。
運動会の時期には、応援の声を全力で出すことになる。

同様に「思いやりのあるクラス」を学級目標にしたとする。
授業中、困っている友達がいたら、必ず助けることになる。
休み時間、ひとりぼっちで座っている子どもがいたら、声をかけることになる。
世のため、人のためになることを進んですることになる。

このように、どんな目標を設定するかで、学級のカラーというか、行動傾向が決まる。
学級担任が目標を意識していることが前提である。
いつでも見えるところに張り、ことある毎に指し示して振り返ることをする。
目標を絵に描いた餅にせず、活用する。

この大切な目標の大まかな方向性を決めるのが、担任としての方針である。
大体どっちに行きたいか伝える。
目標を共有するための第一歩である。

どう伝えるかだが、普通に話すのでもいい。
学級通信に書くのでもいい。
私は、自分の名前のアクロスティック(所謂あいうえお作文)を使って、
そこに方針を入れて紹介してみたりした。
そこは、担任の個性を発揮すれば良いと思う。

大小関係なく組織の責任者であれば、方針を示すことが責務といえる。

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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