2014年7月23日水曜日

教育が促成栽培でよいのか

先月あった群馬のパワーアップセミナーでの学びのシェア。
今回は上越教育大学の准教授である赤坂真二先生のお話から。

この日の午後の会の冒頭は「シンポジウム」という形で講座の概要説明を行った。
(超余談だが、シンポジウムという言葉は、ギリシア語で「一緒に飲む」というのが語源。
「饗宴」と訳すが、現在では主に和やかな雰囲気で行われる「討論会」の意味として使われる。)

そこで赤坂先生より「教育が「タンキ」になってきている」という話が出た。
気が短い「短気」。
少しの期間で結果が出ることを求める「短期」の教育に関心が集まる。
赤坂先生はこれを「促成栽培の教育」と表現された。

どこに手間ひまをかけるのか。
今、結果が出ればそれで良いのか。
もっと長期的に見て、本当の意味での「生きる力」をつけるべきではないか。
そういう視点から講座では「かかわり」をテーマに講座が展開された。

以下、私見。

本来、教育とは将来の「人格の完成」を目指すものであって、非常に長期的なものである。
「教育は国家100年の大計」というように、長期的な視点で見るものである。

一方で、短期の結果というのも、見過ごせない。
一時間の授業で、何の力がついたかを評価する。
一学期間で、どれだけ伸びたかを評価するのが通知票。
一年間で、どれだけ伸びたかが、学級経営の成果。

サッカー日本代表が何かと叩かれたのも、「勝利」という結果を出せなかったことは見過ごせない。

結論。
長期の結果(目的)を見据えて、確実に短期の結果を出す。
どちらか一方が欠けないこと。
促成栽培の方法では、最終的に無理が生ずる。
やはり、土作りからしっかり行い、その上でよりよく成長するよう手間暇かけていくことが大切ではないかと感じた。

腹が立つ時には

最近、腹が立つということが減った。 なぜか。 自分自身の怒りを眺められることが増えたからである。 腹が立つ時を考えると、大抵が「痛い」ところを突かれた時である。 もう一つは、自分が否定された、妨害されたと感じた時である。 要は、ほぼ全てが、自己防衛本能の発動である。 ...

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