子どもの頃、大人は自由でいいな、と憧れた。
大人は自分で仕事を選んでお金を稼げるし、どこだって行ける。
子どもの自分は、手持ちの小遣いの範囲でしか物が買えず、行動範囲も自分の住む町の中だけ。
しかし、大人になって見直してみると、規模が変わっただけで、実質は変わらない。
多分、それはどんなに変化が起きても、同じである。
むしろ、子どもの頃の方が、時間の自由があり、心も自由であったかもしれない。
つまり、「隣の芝生は青く見える」ということである。
以前自分が持っていたものでさえ、うらやましく思えてくる。
代表的なのが「若さ」で、大学生ですら「もう若くない」と言い張る。
自分が30代でも40代でも、50代でも、たとえ100歳でも、未来の自分から見たら今が一番若い。
何でも楽しむなら、今である。
自由を手にできるのも、今である。
夏休みが終わってしまったと嘆くのも無駄である。
どうせどんなに長く夏休みがあっても、大したことはしない。
やる人は平日だってやる。
仕事ができることは、ありがたいことである。
(と、考えるのもよろしいのではないかという提案である。)
2011年8月29日月曜日
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