2011年11月3日木曜日

子どもが動かないクラスと考える力

考える力はつけたい。
本当に必要な考える力とは何なのか。
テストは、考える力の中のごく一面は見られる。
しかし、本当に社会に必要とされている考える力は、テストで見られるものとは違う気がする。

国語だから、算数だからではなく、普段から考える力を鍛える。
生活の中で鍛える。

例えば朝、窓も開けずに電気もつけずに、ただ座って待っている子ども達のいる学級があるとする。
その学級では担任が電気をつけ、窓を開けることとなる。
または、やるよう言い渡す。

こんな場面は、無限にある。
あいさつ、掃除、授業の始まりの着席、給食準備に廊下の歩き方まで、限りなくある。

何が良いか考えて生活している者と、周りに同調してロボットのように動いている者(物といっても良い)、自分勝手にふるまう者の3タイプいる。

有田和正氏が著書の中で「研究授業を見る時、授業前の子どもの動きで、授業のレベルも推し量れる」というようなことを書いていた。
ダメなクラスは、全部教師が子どものお世話をしているのである。
教師が何か準備をしようとしたら、すぐに手伝いに駆けつけるような心と頭が欲しい。
そういうささいな積み重ねが、考える力につながると思う。

テストの結果も大切だが、それ以上に普段の考える力を鍛える方が、より大切だと考える。

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