仕事を振るというのは、その人を信用しているということである。
傲慢で「自分以外は無能だ」「自分がやらなきゃ」と思っている人は、他人に仕事を振れない。
つまり、自分で全部やる人は、見方を変えると、他人を信用していないのである。
一教諭の身でありながら全部自分で責任を負うと考えるのは、傲慢でありナルシストであるともいえる。
病気でも学校を休まない人にも、これは当てはまる。
「自分がいないと、クラスが・・・」と思っている。
大丈夫。
地球がちゃんと回るように、自分がいなくても、学校の仕事が回らなくなることはない。
ちょっと寂しいことだが、それが「組織」の強さである。
さて、仕事を振った後は、責任が生ずる。
仕事を振られた方も責任を感じ、懸命に取り組む。
この時大切なのが「任せて任せず」ということである。
(ちなみに松下幸之助氏の言である。)
信用して仕事をふった以上、あれこれ細かい口出しはしない。
ただし、進捗状況については定期的に報告を受け、誤りがありそうな場合は正していく。
つまり、やり方は任せるが、結果の責任は連帯して負うということである。
そして、責任はとるが、成果はとらない。
成果は、仕事を振られて成し遂げた人のものである。
間違っても「自分が教えてうまくやれた」などと言ってはならない。
あくまで、周りの成長を促す。
仕事を振ることで、自分の時間にも余裕が生まれ、自分自身の成長(勉強)に時間が使える。
自分自身もレベルアップできる。
責任をとらないなら、仕事を振ってはいけない。
それは無責任である。それなら、自分でやるべきだ。
仕事を振るなら、責任をとり、かつ任せること。
これがポイントである。
2011年11月29日火曜日
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