水泳の話の続き。
息は出し切れば入ってくるが、これは他のことにも当てはまる。
逆を言うと、出し惜しみすれば、入るものも入ってこなくなるということである。
どういうことか。
例えば、自分の持っている技術。
後輩や周りの人に自分の持ってる使える技術を伝える。
伝えることで、自分の技術の問題点も見えてくる。
問題点が浮き彫りになることで、技術の精度が上がる。
しかも、伝えた相手が他の情報をこちらに伝えてくれる可能性も出る。
自分の中で秘密にして隠しておいたのでは、こうはいかない。
惜しまず、出し切る。(このブログも、そういう方針で書いている。)
例えば、やる気。
仕事をぼちぼちこなそうと思う。
ぼちぼちの労力で済む。
ぼちぼち終わる。
何となく、倦怠感が残って終了する。
次のやる気は、起きない。
本気でやる。
これは苦しい。
苦しいが、その分今までの自分の壁を越えられる。
新しいものが入ってくる。
充実感があり、またやる気が湧いてくる。
何でも、出し惜しみせず、出し切るのが大切である。
2011年6月30日木曜日
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