今回は攻略法というより、疑問の投げかけを。
それは、「いつもわかりやすいのが本当に良いのか」ということ。
例えば、様々な物を用意して、わかりやすく説明する授業がある。
実物から何から全て用意し、子どもはよくわかる。
子どもも教師も満足度が高い。
しかし、問題はそれで力がついたのかという点である。
具体物の操作は大切である。
目で見てわかりやすいのも大切である。
しかし、一人で問題を解く段階では、それらは一切用意されず、自分の力で解かねばならない。
ならば、どんな場面でも適用できる、共通した考え方と方法を身につけさせることが最優先である。
入り口としてはわかりやすさが必要でも、最後は突き放す必要がある。
算数の文章題はもちろんだが、国語や他の教科でも同じことが言える。
(余談だが、社会科のテストで、白黒の金閣寺の絵が出た。
いつもカラーで見ているので、銀閣寺と区別がつかない。
カラーの美しい教科書に慣れていると、そういうことも起こる。)
教育全般に共通する基本的なことだと思う。
2011年6月18日土曜日
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