2012年12月18日火曜日

「嫌な人」は「嫌な役割」の人

「嫌だな」または「苦手」と思われている人がいるとする。

この意識はどこからくるのか。
これは、自分の苦手なもの、避けたいものを持っている人である。

管理職が嫌な場合。
権力に弱いのかもしれない。
または、自分が上に立ちたいのかもしれない。

口うるさい人が苦手な場合。
自分がだらしない面があるのかもしれない。
自分の中に、本当は良くないと思っている面があるのかもしれない。

苦手な人というのは、要は「痛いところ」を突いてくる相手である。
劣等感を暴かれる。
相手に正当性があるほど、やり場がなく、憎しみがわくという面もある。

発想を転換する。
その人は、「嫌な役割」を自分の代わりにもっている人かもしれない。
または、自分の中の直すべき面を、教えてくれている人かもしれない。

学級担任で考えてみる。
いつも優しくて、何をしてもにこにこして受け容れてくれるA先生。
規則に厳しく、悪いことは見逃さないB先生。

A先生は、母性が強く、B先生は、父性が強いともいえる。
自分は、どちらに近いだろうか。

そして、自分は逆の立場を任されたら、うまくやれるだろうか。
恐らく、ほとんどはうまくいかないはずである。
人にはそれぞれ適性があり、役割がある。

「悪役のいない芝居じゃ、誰も見ませんわな」とは、松下幸之助氏の言である。
光と闇は、セットである。
表と裏は、切り離せない。
必ず、逆の役割が必要である。
その「嫌な部分」を、担当してくれている人かもしれない。

いつも他の職員に率先して子どもを叱っている生徒指導の先生は、大変である。
その先生は、恐れられる。
子どもから見たら「嫌な人」の役割を担う。
(一方で、「信頼できる」という評価がつくこともある。)
そして、その先生がいなければ、どうなるかも想像がつく。
泥をかぶる人が、必要だ。
さらに、その後フォローをする役割の人も必要である。

何でも、見方次第である。

どうせなら残業しない工夫を頑張る

拙著『「捨てる」仕事術』の本文からの引用記事。 https://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-171335-5 ================ 「頑張る」というのは教員に限らず職業人にとっては当たり前のことであり、何ら褒められることでは...

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