先日、筑波大付属小学校の公開研究会を参観してきた。
国語を長年研究している講師の先生が、呼称についての話をしていた。
(最近、こういうことが多い。
メルマガのネタで書いたことや友人と話したことが、別の場でぽんと出てくる。
シンクロニシティというらしい。
要するに、気にかけているから意識のフィルタにひっかかるということである。)
どんなことかというと、文学作品の中で、どんな呼称を使っているかで心情が読めるということである。
例えば、一人称。
「ぼく」か「おれ」か。
「やい、とかげ」では「ぼく」、「ごんぎつね」では「おれ」である。
「川とノリオ」にいたっては、ノリオの一人称は出てこない。
ここからも、主人公の性格の位置付けなどがわかる。
相手をどう呼んでいるか。
「大造じいさんとがん」では「たかが鳥」と扱っていたのが「残雪」「残雪め」「がんの英雄」「えらぶつ」と変化していく。
大造じいさんの残雪への心情の変化が分かる。
こういう視点も面白いと思った。
文学作品を読む一つの道具として使えるのではないかと思い、紹介してみた。
2012年7月2日月曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
教室は、自分の考えを発表する機会が多い。 そして、声が小さいと聞こえづらい。 そうなると「大きな声で」という指導が入りがちだが、これだけだとうまくいかない。 前提条件がある。 まず、たとえ小さな声でも何とか聞こえる環境を作る方が先である。 原則は、仲間の発表中は全員が黙って聞く姿...
-
あいさつ運動、どの学校でもやるのではないかと思う。 しかし、なかなかできるようにならないのが実情である。 街中、都会になるほどしなくなる。 人が多すぎる為かもしれない。 それでも、学校はあいさつ指導の核になる場である。 (全ての教育の核は、学校である。地域の大人も学校の...
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...



0 件のコメント:
コメントを投稿