2012年7月2日月曜日

文学作品でも呼称に着目

先日、筑波大付属小学校の公開研究会を参観してきた。
国語を長年研究している講師の先生が、呼称についての話をしていた。

(最近、こういうことが多い。
メルマガのネタで書いたことや友人と話したことが、別の場でぽんと出てくる。
シンクロニシティというらしい。
要するに、気にかけているから意識のフィルタにひっかかるということである。)

どんなことかというと、文学作品の中で、どんな呼称を使っているかで心情が読めるということである。
例えば、一人称。
「ぼく」か「おれ」か。
「やい、とかげ」では「ぼく」、「ごんぎつね」では「おれ」である。
「川とノリオ」にいたっては、ノリオの一人称は出てこない。
ここからも、主人公の性格の位置付けなどがわかる。

相手をどう呼んでいるか。
「大造じいさんとがん」では「たかが鳥」と扱っていたのが「残雪」「残雪め」「がんの英雄」「えらぶつ」と変化していく。
大造じいさんの残雪への心情の変化が分かる。

こういう視点も面白いと思った。
文学作品を読む一つの道具として使えるのではないかと思い、紹介してみた。

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