2012年7月21日土曜日

次善の手をとる

またまた人様のネタで申し訳ないが、紹介したい。

「ほとんどの人は、最善を考えるが、次善を考えない」
というような話をきいた。

なるほど、である。
例えば、授業が全て「支援」だけで進む授業を「最善」とする。
子どもが主体的に動き、教師はそれをそっとサポートするだけ。
子どもは自主的にいきいきと活動している。

理想的である。
しかし、現実はそうはいかない。

ならば、次善の策は「きちんと指導」である。
教師が考え方を教える。
正しい、正しくないをはっきりさせる。
間違っていたら正す。
引っ張っていく。

最悪は「放任」である。
子どもは好き勝手活動している。
授業における向上はない。
いわゆる「活動あって学びなし」の状態である。

最善を求めるのはいいが、最悪になっていないか。
ならば、次善の策をとった方がはるかに良いのではないか。

基準を下げる、というのとは少し違う。
基準を目的に合わせる、という感じである。
実態を見て、どこまで求めるか見極めたい。

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