2012年7月25日水曜日

怒られない不幸な子ども

先日の勉強会で学んだことの続きを。

こんな話もあった。
超ベテランの、授業のプロの先生の話である。
「一年生の教室に代わりに入った。
教室は騒乱状態。
どうやっても、話をきくどころではない。
どうしたか。
思いっきり怒った。
一人ずつ、目の前に言って、一人ずつ怒った。
これは最善とは思えない。
しかし、その後はしっかりと集中して授業できた。
授業後、子ども達が、今日はすごくがんばれたとニコニコしながら言いに来た。」

この先生は、「子ども達が不幸だ」とおっしゃっていた。
めちゃめちゃ暴れても、注意されてこなかったのである。
悪いことをしても、怒られなかったのである。
良い悪いが、判別できないのである。

教諭なのだから、「教え諭す」方がいいにきまっている。
しかし、諭すどころではないという状態も、実際にはある。
教育では、怒らない方がいい。
一面にこれは正しい。
しかし、怒らないではいられない場面も、時にある。

最善を尽くしたいが、無理なら次善をとる。
この場合の最悪は、「一年生だし、しょうがないなぁ」と許してしまうことだろう。
今自分がよくても、次の人が困る。
そして、最終的には子どもが困る。
必要な場面で怒られないで育った子どもは、不幸である。

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