前号で、「親の嫌いな部分は自分の中の嫌いな部分」というようなことを書いた。
親から見ても同様で、我が子の気に入らない部分は、自分の中のコンプレックスである。
「お父さんみたいにならないように、しっかり勉強していい大学に入りなさい」などというのは、このケースである。
これは、学級の子どもにも当てはまる。
もし、自分の学級に「この子は苦手」という子どもがいたとする。
どこが苦手(または嫌)なのか、考えてみる。
すると、大抵、自分の中のできていない部分とか嫌な部分だったりする。
例えば「宿題を何度言ってもやってこない」というところが気に入らないとする。
その先生は、「完璧主義病」かもしれない。
自分自身が、完璧でないといけない(しかし完璧ではない)という、脅迫観念の持ち主かもしれない。
または、その先生自身が、子ども時代によく宿題を忘れて怒られていたのかもしれない。
はたまた、「人の言うことを聞かない」と思われている(と自分で思っている)先生かもしれない。
いずれにせよ、自分の中のコンプレックスと重ねていることは間違いない。
なぜなら、どうでもいいと思っていることには嫌とも思わず腹も立たないし、気にならないからである。
そういう風に分析してみると、苦手なあの子も違って見える。
何だか、自分に似ている気がして、親近感が湧いたりする。
「そんなはずはない」と思いたいところをぐっと我慢して、分析してみることをオススメする。
人間関係全般に使える考え方である。
2011年10月31日月曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
教室は、自分の考えを発表する機会が多い。 そして、声が小さいと聞こえづらい。 そうなると「大きな声で」という指導が入りがちだが、これだけだとうまくいかない。 前提条件がある。 まず、たとえ小さな声でも何とか聞こえる環境を作る方が先である。 原則は、仲間の発表中は全員が黙って聞く姿...
-
あいさつ運動、どの学校でもやるのではないかと思う。 しかし、なかなかできるようにならないのが実情である。 街中、都会になるほどしなくなる。 人が多すぎる為かもしれない。 それでも、学校はあいさつ指導の核になる場である。 (全ての教育の核は、学校である。地域の大人も学校の...
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...



0 件のコメント:
コメントを投稿