子どもにとって最大の教育環境は、親である。
生き方の根本を親に刷り込まれる。
根っこの部分は、全員親のコピーだと言っても過言でないぐらい、強い影響力である。
(これは、大人になっても同様である。特に親に対して嫌いな面は、自分の中の嫌いな面である。)
しかしいつも当たり前に世話になっているものほど、感謝の念を持ちにくい。
感謝を持つには、ちょっとした「失うイベント」が必要である。
健康に感謝するのが、風邪をひいた時であることと同じである。
修学旅行は、親から離れるチャンスである。
普段当たり前にお世話してもらっていることを、自分達でするチャンスである。
普段うっとおしいと思うこともある親に、会いたいなと少しでも思う。
修学旅行後は、確実に親に感謝の念を伝えるようにしたい。
また、修学旅行費を出してもらえることを、当たり前だと思わず、ありがとうと伝えさせたい。
これは、普段の集金でも一緒で、ちょくちょく確認する。
「お金をもらう時、ありがとうと伝えてる人?」
最初の頃は一人か二人だが、だんだん増えてくる。
当たり前すぎる存在の親に、感謝の念を持たせたい。
2011年10月30日日曜日
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