子どもの目の前に、障害物がある。
これを近くにいる者がどうするか、大きく二つある。
一つは、障害物そのものを取り除くこと。
もう一つは、障害物を乗り越える手助けをしてあげること。
治療行為を考えるとわかりやすい。
病巣があって手術しないといけないとする。
それは、本人に「がんばって自分でやれ」とはならない。
力のある者(医者)にしか取り除けない。
一方、術後のリハビリの場面。
これは、全部周りの人がやってあげたら意味がない。
支えるが、ねらいは本人に乗り越える力をつけさせることである。
前者は「優しさ」「母性」で、後者は「強さ」「父性」といえる。
人間にはどちらもバランス良く欲しい。
子どもによっても、足りない要素がどちらかに大きく偏っていることがある。
見極めないといけない。
学校や家庭の教育現場でも、日々この選択の連続である。
今、目の前の状況は、手を出すべきなのか、見守る場面なのか。
これを意識するだけでも、指導が変わってくるように思う。
2013年10月26日土曜日
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