学級経営にトラブルはつきもの。
ささいなトラブルも何もないという状態は、逆に怪しい。
(もしそうなら、水面下で何か起きていることを疑うべし。)
トラブルは、チャンス。
略して「トラチャン」=「虎ちゃん」。
虎の児のことである(強引)。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず」である(更に強引)。
トラブルは歓迎すべきものと捉える。
(実際にその瞬間はなかなかそうは思えないのも承知である。)
例えば、「物隠し」が起きたとする。
隠された子どもはその場において「被害者」であり、教師は当然守ろうとする。
しかし、この場合同じく配慮すべきは、物を隠した側である。
学校は警察とは違う。
警察ならば、犯人捜しは徹底して行う。
警察行政機関である以上、治安維持がその使命である。
しかし、学校は教育機関であり、心身共に健全な国民の育成がその使命である。
「犯人」を捜すのではなく、双方の教育に最も相応しい手段を選ぶ。
この場合、物を隠した側の発するメッセージは何か。
「相手が憎らしい(羨ましい)」
「意地悪をしてやりたい」
「何か悪さをして気晴らししたい」
「担任の先生を困らせたい」
・・・
いずれにせよ、共通しているのは「苦しんでいる」ということ。
少なくとも「ハッピー」な状態ではない。
この手のトラブルは、無意識下では確実に「SOS」である。
つまり、問題が表出したことで、解決のチャンスでもある。
皆さんは、どのように指導されるだろうか。
(次号に続く)
2013年8月1日木曜日
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