2012年8月29日水曜日

今、子どもにそれを求めるべきか

先日、陸上の研修会に参加してきた。
昨年度も行った研修会である。
講師は前回同様、以前も紹介した須田先生。
陸上指導のプロである。
非常にためになる話をきけたので、何号かにわたってシェアする。

一番の印象に残ったのが、「今、子どもにその動きを求めるべきか」という話。
この言葉だけだと訳がわからないので、簡単に説明する。

今、世界中がオリンピックで湧いている。
たとえば、ボルト選手は速い。
ボルトの走りは、短距離走においての理想形だろう。
では、ボルトの走りを研究して、一般の人や子どもが完璧に真似てみる。
しかし同じ形にしたところで、当然、うまくいくはずがない。
あらゆる要素が足りない。
何より、筋肉量が圧倒的に足りない。
簡単にわかる話である。

つまり、大人の理想形のフォームを小学生に求めてはいけないということである。
須田氏の話によると、ももがよく上がる「いいフォーム」で走る小学生は、伸びないとのこと。
それよりも、小学生で速い子どもは、意外にも上体が前のめりの「レッグカール」の形で走っている。
かかとがおしりにつくような走りである。
大人がやってたら、確実にダメな走りである。
しかし、腿やお尻の筋肉が未発達な小学生にとっては、自然な形の走りである。

この話を聞いて驚くとともに、他のことでも同じことが言えるのではないかと感じた。
大人の理想形に近づくことが、本当に教育にとっていいのか。
たとえば勉強、運動、道徳性、芸術系の技能。
小学生の内にどこまで負荷をかけていくべきなのか。

一方で、ピアノのように幼児期から猛特訓をしないといけないものもある。
一流スポーツ選手が、子ども時代から相当な無理をしてきているのも事実である。

何をどこまで求めるべきか、再考させられた。

「LOVEさえなければ、PEACE」を考える

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