生徒指導についての研修会に参加してきた。
様々な事例に触れることができ、大変勉強になった。
みんな、悩んでいるのである。
そして、どのクラスでも大変な子どもが必ず数人いることがよく分かった。
生徒指導の本質を一言で言うと何か?
友人と話した結果、「受容」だろうということになった。
無茶苦茶悪いことをする。
当然叱る。
何らかの「懲戒」を加えることも権利として認められている。
しかし、最終的に、教師にとって「許す」以外の選択肢はない。
教師は、子どもと離れる訳にいかない。
いかな悪ガキであろうと、自分が担任している大切な子どもである。
他業種と違い、顧客を選ぶこともできない。
(これは、一方で子どもの側からも同様である。)
どんなに悪いことをしても、「信じている」と告げるしかない。
そして、良くなることを信じるしかない。
受け容れるしかない。
相手の人生を背負うことはできない以上、それ以上のことはできない。
叱るべきは叱る。
しかし、相手を信じ、受容する。
受容の「受」は受ける、「容」は容器。
受け入れる自分自身の器を大きくしていくことであると解釈した。
2012年8月12日日曜日
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