何かができる自分がいれば、自分を認められる。
学校教育で「できる」を感じさせられる場面は、やはり授業だろう。
特に、算数嫌いをなくすことは、日本中の学校の抱える大きな課題であるように思う。
(PISA型がどうとかは所詮結果であって、それそのものはどうでもいいと私は思っている。
要は算数嫌いの集大成である。)
なぜ算数が嫌いかというと、できないからである。
具体的にいうと、テストで点がとれないからである。
それは、やはり我々教師の教え方が悪いのである。
間違ったやり方をどう工夫してもダメだと思う。
例として適切かはわからないが、例えば水泳で記録を伸ばしたいと思う時。
腕の力が足りないと考え、ひたすら腕立てをくり返す。
しかし実は、それよりも本当はフォームその他に原因があるとする。
それなのに、タイムが伸びないから、さらに腕立てを繰り返す。
色々な方法を工夫し、腕の筋力をつける。
そうしていれば、少しは変わるかもしれない。
しかし、そちらの方向に努力しても、やはり大きくは変わらない。
根本が間違っているからである。
練習自体を根本的に変えていく必要がある。
ここまでうまくいっていない方法に執着している場合ではないように思う。
10年以上続けてやって、全国的に解決が見えない方法は、変えるべきではないか。
教師が熱心にやるほど、算数嫌いが増えるのであれば、やはり方向そのものが違うように思う。
算数嫌いをなくす方法を、方向を変えて探し当てたい。
2012年1月2日月曜日
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