最近の気付き。
ものすごく疲れている日がある。
そうした時、何もかもが嫌になってくる。
しかし、そんな時こそ、当たり前の有り難さに気づける。
先日は、疲れて出勤した時に、同僚に明るく声をかけてもらえただけで元気が出た。
いつものことであり、普段それを有り難いと思うことはない。
学級に入れば、子どもたちが係や諸々の仕事をきちんとやっていていた。
私が疲れていても、いつもの通りだった。
これも有り難さに気付いてなかった。
少し元気が出てくると、ものすごく元気な気がしてくる。
普通がすごく思えてくる。
嫌なことや大変なこと、困難は、有り難さに気付くチャンスである。
2016年12月12日月曜日
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