子どもは学校に何をしに来ているか。
色々言いようはあるが、私は「良くなりに来ている」と捉えて教えている。
学校に来て、来る前より悪くなって帰るなら、来ない方がよい。
だから、「毎日1mmの成長を」と子どもに言っている。
そのためには、意識化が大切である。
運動でも勉強でも日々の生活でも、意識がないと成長しない。
いつも通りでは変化が起きない。
意識して、ほんの少し努力する必要がある。
運動で例を挙げると、走り方。
普通に走ってもタイムは上がらない。
子どもは上がった下がったで一喜一憂するが、そこに指導がない場合、速くなった訳ではなく、偶然の産物である。
本当に速くなった状態というのは、毎回高いパフォーマンスが発揮できる状態である。
本当に速くなるには、正しい走り方に改造する必要がある。
人間は変化を嫌う生き物なので、これは、結構苦痛である。
本能で恒常性(ホメオタシス)が働き、今まで通りでいようとするからである。
なので、「不自然」なフォームで走ることになる。
当然、最初はタイムも落ちる。
しかし、この時期を越えないと、向上しない。
勉強でも生活でも同じである。
ぼーっとしてたら、手を挙げられない。
勇気と言う気を持って、ガッと気合いを入れて手を挙げる覚悟がいる。
指導者側は、挙手した子どもを、誉める必要がある。
わずかな成長を自覚させる。
生活のわずかな場面でも、何か意識させる。
ごみを拾うでもいい。
ありがとうを言うでもいい。
お願いしますと言うだけでもいい。
昨日の自分より良いと思われる自分を意識させ、変化させ、認めて自覚させる。
こうした1mmの積み重ねを、何百日と続けていけば、必ず成長する。
昨日より今日、今日より明日と、日々の成長を自覚させたい。
2013年6月28日金曜日
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