2016年2月1日月曜日

『一見フツ―でも、教師が「距離を置く子ども」の共通点4』

先月、また「プレジデントオンライン」に次の新しい記事がアップされた。
『一見フツ―でも、教師が「距離を置く子ども」の共通点4』
http://president.jp/articles/-/17039

この記事は後半がメインなのだが、まずは問いかけの前半までである。

要は、先日書いた児童虐待の話の続きである。
後半には、親がきちんと叱ることの大切さを書いている。
(まだアップされていないが。)
叱ることは、叱る側も痛い。
褒める方や見ない方に逃げたくなる。
しかし、それは緩やかな「マイナスの教育」の始まりだと思っている。

また、褒めるべき時に叱ってもよくない。
(わかりやすいのが、掃除。
 さぼっている子どもを叱るより、きちんとやっている子どもを褒める方を優先する。)

叱られるべき時に叱られない子どもは、結果的に不幸である。
叱ってくれる人は、その相手に何らかの愛情がある人である。

叱るという行為は、文句や罵倒とは違う。
ここを間違えると、変な人の言いなりになる。
その行為の根源が、愛情か自己中心かが判断基準である。
自分の機嫌や都合とは関係なく、相手を中心に考えているかどうかである。

叱られることへの耐性が弱くなっているといわれる現代だからこそ、叱ることの重要性が問われていると思う次第である。

「学級崩壊」の言葉を捨てる

素直さと学級崩壊との関連について。 学級崩壊の分岐点は、ここなのである。 子どもがひねくれてしまっているのである。 最初から聞く価値がないと各々が判断している訳であるから、当然授業も成り立たない。 素直でないので、何を言っても聞かない。 「だって」と「でも」で屁理屈...

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