先日の勉強会での野口芳宏先生からの学びをシェアする。
授業は、子どもだけでは気付かないようなことに導いていくべきもの。
だから、「不備・不足・不十分」をついていく必要がある。
全員がわかっているようなことをなぞるようなことは意味がない。
子どもだけでは気付けないことに気付かせるのが指導である。
「向上的変容」である。
例えば、国語科での読み取りをする時「景色」「情景」という言葉を用いることがある。
ところで、この二つの言葉はどう違うのか。
こんなことも、問われないと、気付かない。
「景色」は、見たままのもの。
「情景」は、感情が入っており、その人が感じとったもの。
だから、「情景描写」には、作者の感情が入る。
こういうことも、指導者側が分かっていないと、子どもにも教えられない。
指導者側にも「不備・不足・不十分」がある。
だから、教師は常に学び続ける必要があり、学んで初めて教える資格がある。
「主体変容、気付いて変わる」というのは、原田隆史先生の言葉である。
両先生とも、同じようなことを話されている。
やはり、何でも「気付く」というのが、まずは大切である。
2013年2月14日木曜日
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