2016年1月12日火曜日

感謝の気持ちと自信はセット

子どもにできることはやらせようという話の続き。
何でもやってもらっていると、当たり前になって感謝の気持ちを持ちにくくなる。

例えば、給食。
子どものやることといえば、配膳と食べることぐらいである。
片付けだって、食器を下げるだけで洗うまではしない。
作る苦労や洗う苦労を考えることはない。

この辺りを体験的にわからせる実践として、知人の河邊昌之氏のものを紹介する。
たらいに水をはり、そこに給食を食べた後の食器を入れさせ、洗わせる。
汚い食器や食べ残しの多い食器が多いと、水があっという間に汚れる。
洗うのも一苦労である。
特に米粒がこびりついたものや油ものは大変である。
きれいに食べた後の食器は、さっと洗うだけである。

また、残飯処理と食缶の洗浄も行わせたい。
空になっていれば一瞬だが、残飯が多いと、とたんに労力が数十倍になる。
(もちろん、実際はこの後またきちんと洗ってもらうことにはなる。
 管理職及び調理師の方との連携が必要だが、趣旨を理解してもらえば可能である。)

こんなことも一回やってみるだけで、子どもの食べ方が変わる。
苦労を体験したからこそ、感謝の気持ちも湧いてくる。
これが「教える」という段階である。
しかし、毎回洗う訳にはいかない。
そこで、「普段自分たちでできることは何か」を「考えさせる」段階になる。
すると「なるべく残さない」「きれいに食べる」といったことが出る。
あとは「実行に移す」ことをし、時に「振り返り」をし「改善」を繰り返す。
給食の片付け一つとっても、立派な学習サイクルができあがる。

教育の目的は、人格の完成。
そう言われると何だか難しい。
要は、教育によって、今より良くなること。
教育によって悪くしてはいけない。
子どものやれることを自分でやらせることで、感謝の気持ちも自信も育つ。
いつでもねらいをもって、子どもを常時善導したい。

共感と勘違い

「インクルーシブ教育」に関連した話。 最近、刺さった本。 『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』 東田 直樹 著 イースト・プレス (2014/9/5) http://www.eastpress.co.jp/shosai.php?serial=21...

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