「重きものは軽き如くに
軽きものは重き如くに」
最近読んだ本で知った言葉で、茶道の心得の一つだそうである。
例えば箸のような軽いものこそ、両手できちんと扱うと、所作が美しく見える。
逆に重たいものの時、いかにも重そうに運んでは凡庸。
本当は重たいのに、いかにも軽々と運ぶ。
軽くやせ我慢だが、これがスマートに見えるコツだそうである。
ここ数回「すごい人」「尊敬する人」について書いてきていて、ピンときた。
すごい人達は、面倒なことをあっさりやる。
ちょっとしたことを、丁寧にやる。
何度も書いているが、例えば葉書や手紙。
書くのは結構億劫なはずなのに、会ったその日や帰りの新幹線でもう書いてたりする。
凡庸なこちらが「よーし、明日自分から書こう!」と気合いを入れていると、もう相手から届いている。
例えば、お辞儀。
軽くやってしまいがちである。
すごい人は姿勢を正し、相手より深く長い礼をする。
それも、ごく自然にやる。
お辞儀一つでもかなわない。
例えば、長距離の移動。
お金も時間もかかる。
北海道だろうが沖縄だろうが、必要ならあっさり行く。
(多分、実際は懐が痛むはずである。遠方になれば、家族の合意もいるだろう。)
例えば、講演。
膨大な時間をかけてたくさん準備している。
しかし、全部出さない。
状況を見て、あっさり引っ込める。
授業でも同様である。
緊張している様子も見られない。
(後でご本人にきくと「実は無茶苦茶頑張ってた」ということも多い。)
懇親会のような場でも、小さな気配りをさらっとやっている。
どちらが講師かわからない。
「重きものは軽き如くに
軽きものは重き如くに」
物事の本質を捉えた実にいい言葉だと思ったので、紹介した。
2013年9月24日火曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...
-
教材研究という言葉が一般的である。 教えるために、教師として教材を読むのが教材研究である。 (まるで私がわかった風な口をきいているが、完全に野口芳宏先生の受け売りである。 以下同様。) 教材研究の前にすべきは、素材研究。 教えるためでなく、一読者として作品について調べ、読み込む...
-
実習生にした話。 AとBで迷った時はどうするか。 AとB、それぞれのメリットとデメリットを羅列する。 メリットが多く、デメリットが少ない方を選ぶ。 その際、「安全」にデメリットがある場合、これは最優先で取り除く。 体育の授業における例としては ・帽子を被らせるか否...
0 件のコメント:
コメントを投稿