すごく反感を買いそうだが、残業は「させてもらう」ものだと考えた方がよい。
「方がよい」というのは、そう考える方が本人の精神の為にも、健全な気がするからである。
残業や時間外労働は、自分の時間を削られているようで、損した気分になるかもしれない。
しかし実際は、それだけの仕事を信頼して任されていているということである。
他の人に任されず、自分に任されているのである。
そしてそれを、責任持ってやり遂げたいから、残業している。
他の人に任せられない、自分にしかできない仕事だから、残業している。
そういうプライドを持ってやっているのだったら、大いにやってよいと思う。
ただし、間違っても愚痴ったり、文句を言ってはならない。
全て自分の「選択」である。
「そんなことない」と言うかもしれないが、そんなことある。
この職業だって、自分で選んで切望してなったはずである。
「全ては私の責任です」
経営コンサルタントの青木仁志氏が「たまらなく好きだ」という言葉だが、私も大好きである。
この言葉を発する時、否定的な気持ちは微塵もない。
残業一つとっても、自分の選択であり責任である。
思いっきりやり遂げてやればよいと思う。
2011年12月8日木曜日
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