2017年1月25日水曜日

『喜びの種をまこう』より

良本の紹介。

『喜びの種をまこう』
東井義雄 著 柏樹社

伝説の教師、故・東井義雄先生の本である。
若干紹介が憚られるのは、今購入すると、非常に高いのである。
かなりのプレミアがついてしまっている本である。
ネット上だと元値の6倍~10倍の値段で売られている。

ただ、真の教育書とは、こういうものなのだと納得の書籍である。
私の本もお陰様でよく売れてはいるが、最終的にはこういう本を書ける境地に達したいものである。

もう珠玉の言葉の数々なのだが、その中の一節を紹介する。
「忘れ得ぬ言葉」という小タイトルにある話である。
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(引用開始)
「もしも、明日、雨が降っても、
 決して
 天に向かって ブツブツいうな
 雨の日には
 雨の日の生き方がある」
(引用終了)
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ある体育主任が、運動会準備後、子どもに向かって話した言葉だという。

天に向かって ブツブツいうな
雨の日には
雨の日の生き方がある

素晴らしい言葉だと思う。
良い日も悪い日も、良い事も悪い事もない。
誰かのせいでもない。
すべては、自分が決めることである。
すべては自分の責任である。

こんな詩もあった。
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(引用開始)
川は
岸のために流れているのではない
川のために
岸ができているのである
川は
岸にそって流れているのではない
川にそって
岸ができているのである
(引用終了)
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中学三年生の女の子が書いた詩であるという。
見事という他ない。
そして、この詩は教育の在り方そのものである。

教師は、ともすると自分たちの都合に子どもを合わせてしまう。
子どものために教師がいるのであって、子どもがいるから、そこに教育内容がある。
逆になってはいけない。
子どもに携わるすべての人にとって、自戒の言葉となり得るので、紹介してみた。

「学級崩壊」の言葉を捨てる

素直さと学級崩壊との関連について。 学級崩壊の分岐点は、ここなのである。 子どもがひねくれてしまっているのである。 最初から聞く価値がないと各々が判断している訳であるから、当然授業も成り立たない。 素直でないので、何を言っても聞かない。 「だって」と「でも」で屁理屈...

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