前号の続き。
野口芳宏先生からの学び。
不運と不幸。
これも似た言葉である。
不運は運が悪いこと。
不幸は不本意で辛い状態。
不運なことは起きる。
これは人の力でどうしようもないことである。
しかし、それを不幸と受け取るかどうかは人次第。
不運なことを不幸と受け止めず、感謝を見出す人も中にはいる。
そんな話だった。
例えば今、熱を出しているとする。
身体の辛さを考えると、不幸である。
しかし、ゆっくり寝ていられることを考えると、不幸でもない。
では不運かというと、ここも考えようによっては自分の生活習慣等が原因で引き起こしているのだから、一概に運のせいとはいえない。
捉え方次第である。
似た言葉の使い方には気を付けたい。
2015年8月25日火曜日
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