2015年7月16日木曜日

叱ることについて

未来のゴールを見据えて現在のなすべきことを考える。
叱りすぎて子どもが将来自信をなくしていたら失敗である。
一方で、良くない行為も叱られずに過ごして大きくなっても、ここに問題が残る。

社会に出たら、結局叱られるのである。
褒められることの方が圧倒的に少ない。
みんな、そんな余裕はないのである。
びしばしやられないで、見切られることもある。
(その意味で、部活動で時折見られる理不尽なほどの上下関係は、社会のトレーニングになっているかもしれない。)

叱らない教育は、精神衛生上よい。
これをベースにやれたらいい。
ただ、他人に迷惑をかける行為やマナー、モラルに欠く行為は、遠慮なく叱る。
一度目は教えても、二度目、三度目となれば話は別である。

叱ることは、辛い気持ちになる。
叱った後に、自分が嫌になることも多い。
それで自分がダメだと思ったりして悩む人もいる。
ほめるのがいいという記事を読んだりや話をきくと、凹む人もいる。

実際は、ほめることと同じくらい、叱ることも大切である。
どちらも、程度の問題である。
少なくとも、社会では叱られる機会の方が多い。
ほめることを多くしようとして、たくさん叱ってしまう。
それぐらいのバランスで、実社会に向けてはちょうどいいのではないかと思う。

「学級崩壊」の言葉を捨てる

素直さと学級崩壊との関連について。 学級崩壊の分岐点は、ここなのである。 子どもがひねくれてしまっているのである。 最初から聞く価値がないと各々が判断している訳であるから、当然授業も成り立たない。 素直でないので、何を言っても聞かない。 「だって」と「でも」で屁理屈...

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