2014年10月4日土曜日

高熱に思う「感謝」と「予防」の大切さ

熱を出した。
39度を越える高熱が2日続いた。
どんなに高熱でも、1日で治るというのが常だった。
単なる風邪で2日高熱が続いたのは、小学生の時以来である。
さすがに辛かった。
また、なぜか「土日に発熱」という傾向が強かったのが、平日ど真ん中になってしまった。
2日間も学校を休まざるを得なくなってしまった。
出席するはずだった大切な会もパスせざるを得なくしてしまった。
残念な話である。

さて、熱を出したり大きなケガをすると、必ず2つのことを思い出す。
似たようなことを書いたことがあるが、忘れてしまうことなのでまた書く。

一つは、日常への感謝である。

当たり前のことへは、感謝しにくい。
空気のように当たり前にあるものには、存在すら意識しない。
なくなった時に、初めてその大切さに気付く。
風邪を引くと、身に染みる感謝がたくさんある。

まず何より、健康。
「普通に立って歩ける」ということは、有難いことである。
「痛みにさらされていない」ということは、有難いことである。
自分の体を苦もなく自由に動かせることは、当たり前すぎて有り難さに気付かない。

次に、家族。
一人でセルフ看病をしたことのある人は分かると思うが、何をやるのも辛い。
特に、食事など、面倒この上ない。
飲み物や薬が足りなかったら自分で買い物に出ないといけない。
氷枕の用意も交換も、病気の時は何もかもが面倒である。
これを一手に担ってくれる家族がいるのは、この上ない有り難さである。
心配してもらえるのも有難い。
よくよく考えると、病気でない時も、普段から何もかもやってもらっていることに気付く。
感謝が足りていないことに気付く。

職場もそうである。
熱が出たと言えば、管理職から同学年まで誰しもが「ゆっくり休んで寝てなさい」と言ってくれる。
「這ってでも来い」などという人は誰もいない。
必要な時に快く休んでいいと言ってくれる職場にいる有り難さも、気付けていない。
学年のサポート体制も然りで、いつも当然のように色々なことをやってくれている。
有難い限りである。


さて、「感謝」と併せてもう一つ気付くのが、「予防」の大切さ。
予防を軽視した慢心が失敗を生む。
今回の件に関していえば、一週間前から喉がかなり痛かった。
いつもなら「一病息災」の原則で即耳鼻科なのだが、あいにく少しばかり忙しかった。
「大丈夫、大丈夫。」で乗り切って時間を節約したつもりが、この様である。
少しの先手(予防)を怠ったために、大きな代償(治療)を払うことになった。
学級経営にも通ずる話である。

失敗は成功のもと。
神様からのメッセージだと思って、改善していきたい。

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