2014年10月10日金曜日

「褒める」は劇薬

自分の参加しているML上で「褒める」が話題になっての一考察。

一般的に「褒める」という行為にはみな肯定的である。
「ものすごい叱られ方をされた」ということが問題になっても、
「ものすごい褒められ方をされた」ということが問題になることは少ない。
(相手を褒めた「つもり」が問題に、ということは稀に有り得るが。)

「褒める」は「陽」で、「叱る」は「陰」のイメージである。
しかし陰と陽は一対で一つの完全体である。
片方だけでは存在しない。
つまり、どちらかが良くてどちらかが悪いというものでもない。
どちらにも長所がある一方、どちらにも短所がある。

褒めることに、果たして短所があるのか。
褒めるブームに逆らうような気もするが、反対意見が全く出ない、出にくいという類のものは、自分の頭で考えないと危ない。
「前提を疑え」である。
よって、褒める行為の短所を考えてみる。
(長所は一般に山ほど言われているので、ここでは割愛。)

いくつか考えられるが、ここでは最大の短所一つだけについて述べる。
一番の短所、それは「褒められるからやる」という価値観の人間を育ててしまうことである。
つまり、報酬で動くということである。
親や教師に褒められるというのは、子どもにとって最大の報酬になりうる。
報酬と行為をセットにするというのは、調教の手法であり、効果は高い。
(ちなみに報酬には「罰」のような「負の報酬」も含まれる。)
褒められることが目的化すると、褒められないとやらないということにもつながる。
よく「ご褒美でつるのはいけない」といわれるが、褒め言葉も立派なご褒美の一つである。

長くなるので次号に続く。

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