2014年10月12日日曜日

「褒める」の効能 取り扱い注意

「○○したら△△をあげる」という△に「品物」が入っても「褒め言葉」が入っても結局は同じである。
「品物報酬」は、単に物欲が強い人ほど効果が高い。
一方の「褒め言葉報酬」は、教師や親の期待に応えようという素直で真面目で、かつ愛情に飢えている子どもほど、効果が高い。
また、加えて○に「負の行為」が入ると△には「罰」というのも、同様に効果がある。

何のためにやるのか。
先の「○○したら△△をあげる」の思考パターンを刷り込めば、「何のために」は「ご褒美のため」と即答である。
逆に、褒美につながらない=教師が見ていない行為は、価値を失う。
(そう考えると「褒め言葉のシャワー」という実践は、「無条件」で「みんな」に褒められる点が秀逸である。)

何のためにやるのか。
本来は、それぞれの行為毎に明確な目的があるはずである。
掃除を一生懸命やるのは、「自分を磨くため」かもしれないし「人の役に立つため」かもしれない。
隣の友達を助けるのは「人の役に立つのが嬉しいから」かもしれない。
これが「先生や人に褒められるため」では、やはりレベルがまだ低い。
褒めることを報酬にする習慣付けをすると、褒められることが目的化するという弊害が出る可能性がある。

親や教師の褒める行為は、切れ味鋭い諸刃の剣である。
長所と短所とを含んでいる、劇薬である。
何気なく放った一言が、子どもの心に深く入る。

それを自覚し、使いこなすことは、容易ではない。
医者が薬を処方するのと同様、その効果を考えて使用しないと、マイナスの効果も生む。

褒めるという行為は、叱るという行為以上に、取り扱い注意である。

子どもの眼・子どもの心

夏の読書に、次の本を紹介する。 『一年一組せんせいあのね―詩とカメラの学級ドキュメント』 鹿島 和夫 編 フォア文庫 https://www.amazon.co.jp/dp/4652039077 35年以上前の本だが、今の教育で欠けている視点が手に入る良書である。 ...

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