2017年9月20日水曜日

「捨てる」人間関係を考える

「捨てる」において、最も難しいのは、人間関係におけることである。
付き合いを捨てられないで、過剰な気遣いで苦しむ人も多い。

人間関係において、捨てると捨てないの基準は何か。
これは、自分なりでいいのだが、シンプルに設定しておく。

絶対捨てられないものをまず考える。
いの一番に挙がりそうな「家族」は、家庭によって微妙な問題を孕むので、一旦置いておく。

迷わないのは、親友である。
ここは切れない。というより、切ろうとしても切れない。
切れるようなら、その時点で親友ではない。
親友かそうでないかの見極めは、互いが「本当に困った時に助けてくれるか」である。
それがたとえどんな酷い状況であっても、である。
利益を度外視した付き合いである。
さらに、相手に強制や強要をしない。逆にべったりくっつくこともしない。
時折、高学年女子の間で交わされる「○○してくれないならもう親友じゃないからね」という言葉がいかに間違っているかである。

もう一つは、恩師。
これは、形式的な「先生」という訳ではない。
自分の人生の指針を示してくれる人物である。
ここが切れると、人生そのものがあらぬ方向に迷うことになる。

「良き師 良き友 良き書物」の2要素は最も大切な人間関係である。

これを基準に、捨ててよい人間関係の基準を考えればよい。
端的に言うなら、自分を良い方向に導かない人である。
その人が厳しくても、自分の人生のためになる人なら、それは切らない方がいい。
一方で、一見優しいようで、自分を堕落させたり、自信をなくさせたりする相手は、切った方がよい。

また何が「人生のためになる」かは、その人の基準次第である。
ぶつからないことを望む人なら、少し我慢してうまく渡っていけばいい。
嫌われてもいいという覚悟ある人なら、切るところを切っていけばいい。

職場の仲間ならば、一緒に働いている期間中は、好き嫌いは関係ない。
ビジネスなのだから、目的を完遂するために協力することが必須である。
ただ「職場が離れてからもまた会おうという人になるかな」と考えると、付き合い方は一辺倒ではない。
自分にとって魅力的な人なら、その後何十年でも会うし、そうでない人なら二度と会おうと思わない。(相手にとっての自分もそうである。)
今だけの人間関係と捉えるならば、適当なラインで切ればよい。
無理に気をつかいすぎたり媚びたりする必要はないし、無駄にぶつかる必要もない。

八方美人も四面楚歌も、どちらも疲れる。
職場のストレスの原因第一位は、ぶっちぎりで人間関係である。
↓参考「社会人のストレス原因」(enジャパンH.P. 厚生労働省調べ)
http://partners.en-japan.com/special/old/110601/2/
教師が仕事で疲れている原因の多くは、実は授業の準備や大変なあの子のせいではない。
八方美人または四面楚歌を作り出している自分自身の生き方が原因かもしれない。

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