2017年3月5日日曜日

「シャイ」に逃げない

前号「24時間道徳」で、まぐまぐニュースで取り上げられた記事について書いた。
他の方の書いたもので、なるほどと思ったものがあったのでシェアする。

『「優しさは世界一」の日本人が、電車で老人たちに席を譲らない理由』高橋克明
http://www.mag2.com/p/news/134840

この記事を読むと「日本人はシャイ」とある。
そう。
シャイ。
ちょっと好意的なニュアンスを含む言葉である。
辞書を引いてみる。

『広辞苑』によると
「内気。はにかみ屋。」
『明鏡国語辞典』によると
「内気なさま。恥ずかしがりであるさま。」

例えばきちんと返事ができないあの子も「シャイ」なのである。
「ありがとう」が言えないあの子も「シャイ」なだけである。
素直に謝れないあの子も「シャイ」なだけである。
そしてそれができない時がある私も「シャイ」なだけである。

ただ、しかし。
「シャイ」な人が自分自身を理解をしてもらうのは、時間がかかる。
そして、「シャイ」な人はすぐに行動に移さないため、必要な時に必要な行動をとれない。
そして、必要な時は「瞬間」にやってくる。
たまたま出会った初対面の人にはその「1回きり」で、相手の評価がくだる。
1回しかチャンスがなければ、その時の評価は「シャイ」では済まない。
ビジネス関係なら、二度と会ってもらえない。
1回の評価で「さようなら。」である。

「シャイ」という言葉に逃げない。
自分自身ができるようになってから、初めて子どもにも教えられることである。

腹が立つ時には

最近、腹が立つということが減った。 なぜか。 自分自身の怒りを眺められることが増えたからである。 腹が立つ時を考えると、大抵が「痛い」ところを突かれた時である。 もう一つは、自分が否定された、妨害されたと感じた時である。 要は、ほぼ全てが、自己防衛本能の発動である。 ...

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