2017年3月3日金曜日

24時間道徳

「まぐまぐニュース」に掲載された次の記事から。
『目の前の急病人を助けない大人が、子供に道徳を教えられるのか』
http://www.mag2.com/p/news/232955

元々はタイトルにあるような立派なことを言おうとした訳ではない。
(ちなみに、メルマガでの原題は「ホームで人が倒れていたら」である。)
どちらかというと、人助けできると、自尊感情が高まるということが言いたかったのである。
人助けは「させてもらう」ことだということが主張だったのだが、書いている内に道徳の話になってしまっていた、というのが真実である。
(そして、ネット上に出回ると、色々な人の意見が入って、記事が一人歩きしはじめる。さよなら、私の記事。)

道徳の実行力。
それには、「基礎体力」が必要である。
普段から良いと思うこと、簡単なことをさっとできることである。
大きいことをするのではなく、本当に小さいことである。

教室や廊下にごみが落ちていたら拾って捨てること。
物が乱れていたら整えること。
一人ぼっちのクラスの仲間に声をかけること。
どれも、教室でつけられる力である。

道徳の授業は大切。
一つのテーマについて真剣に考えていくことは価値がある。
しかし、実際は「24時間道徳」である。

24時間道徳的な人間でいろという訳ではない。
そんなことは不可能である。
そうではなく、1日24時間が道徳学習の機会という意味である。

道徳は、生き方そのものである。
教科化が注目されるが、もっと根本の生活の方にこそ着目する必要がある。

「学級崩壊」の言葉を捨てる

素直さと学級崩壊との関連について。 学級崩壊の分岐点は、ここなのである。 子どもがひねくれてしまっているのである。 最初から聞く価値がないと各々が判断している訳であるから、当然授業も成り立たない。 素直でないので、何を言っても聞かない。 「だって」と「でも」で屁理屈...

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