2016年10月25日火曜日

「何のため」を問い直す

教育実習をやっていると、色々と実習生から質問を受ける。
新鮮な視点から尋ねられるので、こちらも勉強になる。

例えば、「今日のめあて」は書かないのですかというのがあった。
なるほど、確かにやっている学級は結構多い。

やってもいいのである。
ただ、現在の学級には必要がないと判断し、やっていないだけである。
代わりに、学級目標は毎日読む。
必要と考え、活用しているからである。
学級目標だって、必要がないならなくてもいい。
学級通信や日記、宿題等も同様。
必要に応じてあるものであって、ねらいに応じての選択である。

学校の中には様々な「常識」がある。
注意しないと、何のためにやっているのか、ねらいが何なのかわからないでやっている場合がある。
要るのか要らないのか判断しないで「前からそうだから」というのは振り返る必要がある。
これは、学校以外の様々な企業にも当てはまることだと思う。

その点、外からの視点というのは貴重である。
教員でない友人と話すと、「あれ、何であるの?」という疑問を結構抱いていることが多い。
また、自分の勤務している県で常識でも、他県はやっていないということも多い。
問題は、「常識」だと思い込んでいるため、話題にも上がらないことである。
例えば、他県には制服の公立小学校が結構あると知った時、驚いた。理由を聞いてまた驚いた。
常識だと思っていることは、ゼロベースで疑ってかかる必要がある。

それがあるのは、何のため。
時々振り返って考えると、面白い発見がある。

腹が立つ時には

最近、腹が立つということが減った。 なぜか。 自分自身の怒りを眺められることが増えたからである。 腹が立つ時を考えると、大抵が「痛い」ところを突かれた時である。 もう一つは、自分が否定された、妨害されたと感じた時である。 要は、ほぼ全てが、自己防衛本能の発動である。 ...

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