2016年8月29日月曜日

男女を混ぜる乳化剤は、担任

前号の続き。
高学年以降の男女は、放っておくと混ざりにくい。

では、混ざらないから諦めるかというと、それも違う。
混ざらないからこそ、学級担任は、混ぜるのである。
水と油は、混ざらない。
しかし、乳化させる成分を入れれば別である。
担任は、「乳化剤」になる必要がある。

ペアを組ませて活動させるなど、色々と手を打つのだが、通常、なかなかやらない。
恥ずかしいのである。
自分だけ積極的になると、浮く感じがする。
だからこそ、「大義名分」が必要になる。
「先生がやれとうるさいからしょうがなくやっただけ」という体をとらせる。
「ちょっと先生のお願いに付き合ってよ」という感じである。
「仕方ないなぁ」という感じに、元々男女が混ざれないことに違和感を感じていた数名が動く。
この繰り返しで、ある時一気に混ざる。
しかし、放っておけば、また分離する。
だから、また混ぜる。
この繰り返しである。

放っておけばできないことを、できるようにする。
教育そのものであり、大切な役割の一つである。

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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