2016年5月18日水曜日

必殺技に頼らない学級経営

必殺技。
読者の皆様は、持っているだろうか。

その人にしかできないと思うような技がある。
とても真似できない名人芸がある。
羨ましい限りである。

私も大縄の指導についてはそれなりに研究もして自信がある。
しかし、必殺技と呼べるほどでもない。
(大体、大縄自体をしない学校や学年の時の方が多い。)

必殺技がない場合、どうするか。

必殺技に頼らない学級経営をすればよいのである。
そのかわり、基本に忠実に、一つ一つを地道に愚直に行えばよい。
ピンチを回避する技術、更にいうと、ピンチを利用するカウンターの技術を磨けばよい。

ところで、ここでいう「基本」とは何か。
学級経営にあたり、軸となる考え方は何か。

自分の場合を考えてみた。
それは「子どもの可能性を信じること」であるように思う。

子どもの成長の仕方は、植物に近い面がある。
無理に引っ張っても無駄どころか害悪になる。
そして、伸び方の時期も速度も全然違う。

子どもは種。
自分自身で伸びる力を持つ。
一方、環境条件が揃わないと、育つものも育たないという面も持つ。
土も水もなくては芽の出ようがない。

やたらに水や肥料をやればいいというものでもない。
例えばトマトなどは、下手に水やりをするほどに実りが悪くなる。
根が張らなくなるためである。

面白い授業はいい。
しかし、それがなくなった時に反動がくるようではいけない。
やたらに水をやるのではなく、根を張らせる必要がある。
自力を育てる必要がある。

私の書くものは、「誰でもできる」が基本コンセプトである。
正直、派手なことは少ない。
しかし、その分、汎用性があると自負している。

必殺技がないとお悩みの方には、ぜひ拙著をおすすめしたい。
『ピンチがチャンスになる「切り返し」の技術』
http://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/books/500322/ref=pd_zg_hrsr_b_1_5_last

「学級崩壊」の言葉を捨てる

素直さと学級崩壊との関連について。 学級崩壊の分岐点は、ここなのである。 子どもがひねくれてしまっているのである。 最初から聞く価値がないと各々が判断している訳であるから、当然授業も成り立たない。 素直でないので、何を言っても聞かない。 「だって」と「でも」で屁理屈...

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