2015年9月21日月曜日

名人芸「こうすると絶対うまくいく」に要注意

「こうすると絶対うまくいく」というハウツーはない。
その時、誰が、誰に、どんな状況なのかによって、使う手法が変わる。
特に「誰が使うか」は外せない要素である。

以前にも書いたが、名人の手法をただ一挙手一投足、一字一句真似てやってみても、うまくいかない。
イチローの「振り子打法」を徹底的に研究してコピーしても、全然打てないというのと同じである。
「振り子打法」はバッティング手法の一つで、素晴らしい打率を生み出している事実はあるが、かなりの離れ業である。
難しすぎて、普通の人には使いこなせない。
「守破離」の「離」に当たる部分である。
「守」の基本的なバッティング練習を徹底して、「破」で自分流にして練習し続け、初めて至る境地である。
初心者がいきなり真似しても、全く参考にならず、場合によってはフォームが乱れて害悪にすらなる。

教育界でも「名人」と呼ばれる人の手法をそのまま真似しても、大火傷することが多い。
例えば社会科の名人、有田和正先生の実践を、教材研究はほどほどに表面的に真似してみるとする。
意見がとんでもなく拡散して、とてもではないが対応できない。
ぐちゃぐちゃのまま終了である。
または、出た意見を無視して、無理矢理教師の解に落ち着けるのがオチである。
どんな意見にも対応できる深い教材研究と対応力に裏打ちされて、初めて成立する。
本気で学んで真面目にやれば、少しずつ理想に近付くことは可能である。
しかし単なる「うまくいく方法」を求めて真似すると、がっかりでは済まない悲惨な結果になるかもしれない。
(この辺りがわかっておらず、名人芸に対し「〇〇先生の方法は全然ダメ」と吹聴する残念な人も、中にはいる。)

手法は、使い手がつかいこなせることがまず第一である。
次に、使う相手も考える。
「追究の鬼」を目指して何年も鍛え上げられてきた子どもと、初めて追究活動をする子ども相手では、当然やり方が変わる。

ただ、特に学びの初期は、たくさんの手法を知ること自体は大切である。
それで、火傷する経験も避けられない。

何はともあれ、やってみること。
うまくいかない点を、修正して、またやってみること。(または、合わないと思って見切ること。)
その繰り返しで、初めて自分の「技」として身についていけるのではと思う次第である。

一律の宿題は、いらない

宿題の話。 例えば夏休み、学校では、どれぐらいの宿題が出た(または出した)だろうか。 教師の側からすれば「山ほど出した」という人は少ないと思う。 なぜなら「山ほど」かどうかは、受け手が感じることだからである。 「子どもの負担を考えて、少なめにしました」という人でも、相当...

ブログ アーカイブ