2015年4月11日土曜日

二宮尊徳記念館にて~謙虚ということが、勇気を生む~

先月、サークルで研修旅行をした。
場所を決める際に「単なる旅行ではなく、修養できるもの」が条件。
そこで小田原の二宮尊徳記念館を訪問してきた。
ここの一室を借りて、館内の方のお話を聞いたり、講座を受けたりした。
そこでの学び。

二宮尊徳といえば、偉人である。
「人並みはずれた努力をして、大成功して人々に崇められた」というイメージがあった。
実際は、相当の苦労をしたようである。
そして、相当に反発も食ったようである。

せっかく築き上げた私財を投げ打って、新天地で改革を行う。
まさに退路を断って決心する「決断」をし続けてきた人である。
人々の安定を求めながら、自身は全く安定をせずに、常にリスクをとって動き続ける。
そして、改革される側の支配者は、改革者に対して冷淡である。
冷遇されながらも、「相手が変わらないのは、自分が変わらないからだ」と自身を磨き続けた。
「主体変容」「率先垂範」を地でいっている偉人である。
常人の為せる業ではないが、部分的には真似できる。

自分の才能は自分のためにあるのではない。
この世に生を受けた恩を返すため、世の中の役に立つことを進んで行う。
「報徳」の精神である。
その名の通り、「損得」を越えた「尊徳」。
その行動そのものに、最も心を打たれた。

野口芳宏先生が講座の中で、
「謙虚ということが、勇気を生む。」
ということと、
「謙虚な人は、本音を語る。」ということを仰った。
二宮尊徳の行動の根本は、謙虚さから来るということだと私は解釈した。

謙虚であれば、畏敬の念が出る。
謙虚であれば、威張ったり自分を大きく見せる必要がないから、本音が語れる。
良いものは良い、悪いものは悪いとはっきり伝えられる。
謙虚さが、偉人の共通点である。

謙虚は、卑屈とは違う。
道理を外れるようなことには従わない。
正しくないことは、大多数の人がやっていることだとしても、勇気を持って断つ。
教育において、最も大切なことの一つである。

偉人から学べることは多い。
実のある修養ツアーとなった。

共感と勘違い

「インクルーシブ教育」に関連した話。 最近、刺さった本。 『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』 東田 直樹 著 イースト・プレス (2014/9/5) http://www.eastpress.co.jp/shosai.php?serial=21...

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