2010年12月5日日曜日

一人の人間として大切に接する

一人の人間として大切に接する
なぜ教師が必要なのか。
 それは、子どもが不完全な存在だからである。
 不完全ゆえに、教育を必要とする。
 しかし、大人は完全かというと、そうでもない。
 教師もまた、不完全な大人として子どもの前に立つ。
 不完全ながらも、子どもに教えるのである。
 そこには、少なからず謙虚な心が必要とされる。
 子どもに対して呼び捨てにしたり、ぞんざいに扱ってはならないのである。
 やがては巣立ち、師を大きく超える存在になるのである。
 6年生を担任した人なら、中学に行ってからの子どもの変化に目を見張る。
 まして、子どもが成人したとなれば、もはや別人である。
 子どもだと思って接していた人物に、敬語を使い使われる時が来るのである。
 その時になって「もっと大事に扱うべきだったなぁ」と反省させられる。
 
 心構えとして大切なのは、「一人の人間」として大切に接することである。。
 こちらも人間、あなたも人間というように、平等な存在として接する。
 相手が力的に弱い立場だからといって、いい加減に扱わないことである。
 具体的な例を挙げるなら、「言葉遣い」に気をつけることだ。
 必ず「○○さん」「○○君」と呼ぶだけでも、後に続く言葉が変わる。
 「私」を「わたくし」というだけで全体の言葉遣いに変化が起きるという話を読んだことがあるが、まさしくそれと同じである。
 一緒に遊ぶ時には、砕けた言い方で呼ぶ時があっても構わない。
 しかし、授業という「公」の場では、それにふさわしい言葉遣いが求められる。

自由な学級=選択の幅が広い学級

以前の「自由市場と政治の原理 学級経営への応用」の記事について、 アメリカ在住の読者の方から、感想をいただいた。 読者の皆様にとっても大いに参考になると思ったので、紹介する許可をもらった。 以下、メールより引用する。 ================ (引用開始) ...

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