2010年12月4日土曜日

教師もゆとりが大切~休憩の重要性~.

■教育観 教師もゆとりが大切~休憩の重要性~
私はたまたま、ここまでに先生方に対するアンケートの集計係になる機会が多くあった。
10年前も今も変わらない回答がある。
それは20代の教師も、ベテラン教師も共通の「忙しい」という声。
実に9割以上の教師は、日々が「忙しい」と感じているらしい。
全国的な調査を見ても、他の職種に比べ、教師の自殺率の高さが際立っている。
悲しいことだが、忙しさの結果のように思えてならない。

さて、なぜかくも教師は忙しいのか。
完全な私見だが、どうも皆「真面目すぎる」せいではないかと思う。
「休み時間も仕事をしないと終わらない」
「教師は常に子どもにつくべきだ」
「常にきめ細やかな指導を」
「児童生徒のためなら自分のプライベートが犠牲になってもしかたない」
・・・etc

大変立派で大変頭が下がる思いなのだが、果たして本人は幸せなのか。
(「幸せです!」と笑顔ではっきり答える人なら、何も問題はない。)

ここで一つ提案したい。
「1日10分は、休憩しよう」ということだ。
家に帰ってからではない。
権利として認められている勤務時間内にである。
そういうことを言うと「不真面目だ」と非難する人がいる。
果たして、そうだろうか。
自分をいたわることは、不真面目なのだろうか。

常に仕事にまみれ、家庭も自分の楽しみも犠牲にする大人。
そんな大人に、子ども達は憧れを抱くのだろうか。
将来の希望を抱くのだろうか。
自分を大切にできない人が、他人を大切にできるのだろうか。

私の尊敬している先生は、誰よりも仕事ができ、誰よりもよく遊ぶ。
休憩もしっかりとるし、月曜になるとよく旅行先のお土産を持ってきてくれる。
悲壮感がない。楽しそうで実にいきいきしているのである。
それなのにこなす仕事の量は、平均以上である。

まず、忙しくしているのは自分だということを認める。
若い人は、仕事が遅いことも認める。(経験が浅いのだから、当然だ。)
楽しみの時間は「先取り」しないと確保できない。
なぜなら教師の仕事は際限がなく、永遠になくならないからだ。

コーヒー一杯のブレイクタイム。
難しいかもしれないが、たったそれだけで、子どもに優しくなれる。
ゆとりを自分で作ってみませんか。

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