2017年2月12日日曜日

当たり前を「見て留める」

前号の成人式で「意図的な無視」の効果について書いた。
無視される行動は減少していくという原理である。
この原理は、教育において逆にも働くので要注意である。

ここに関連して以前、次の記事を書いた。
http://www.mag2.com/p/news/26271

子どもは、注目して欲しいのである。
せっかくいい言動があっても、無視していると、減る。
いい言動ほど「無意図な無視」になってしまっているのが要注意ポイントである。

先の記事の例でいくと、たとえば夕飯の準備中、子どもが自分の絵を持ってきた。
「ねー、見て!」「忙しいから後でね。」
割と普通のやりとりである。
忙しいのは事実だし、後で見る気もある。
しかし、これは受け取る子供にとっては「無視」行動に近い。
自分の伝えたい感動を、認めてもらえないのである。
自然、その内見せにこなくなる。
絵に限らず、作文やテストや諸々のものも見せなくなる。

「じゃあどうすんのよ」とお怒りの声が聞こえそうである。
「一旦承認」の一言である。
「まぁ、素敵。ゆっくり見たいから、夕飯の後でもう一度見せて。」
(そんな余裕の対応はできないとまた怒られそうだが、あくまで理想である。)
内容的には同じことを伝えている。
要は「忙しいから後でね。」である。
ただ、子供の受け取り方が変わる。

親に作品を見せにくるというのは、望ましい行動である。
親自体が親として認められているといえる。
有難いことである。
強化すべき行動である。

学級で考えてみる。
当たり前の行動を当たり前のようにしている子供。
ここを決して無視してはならない。
超注目すべき行動である。

話を真剣に聞く。
宿題や提出物を毎回忘れずに出す。
手をきちんと洗う。
掃除を黙々とやる。
朝の歌を歌う。
あいさつができる。
返事をする。
ありがとうを言う。
ごめんなさいを言う。

どれも、当たり前の素晴らしい言動である。
強化したい言動である。
つまり、時に取り上げて認めるべき言動である。

「当たり前」を「認める=見て留める」こと。
理想の姿に近づけるには、これを意識するしかないと思う次第である。

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