2015年3月9日月曜日

繰り返さない 積み上げる

タイトルは、全国で「あこがれ先生プロジェクト」を主催している中村文昭氏の言葉。
最近、この言葉の大切さを実感しているので書く。

例えば、8の字跳びに取り組む場合。
日々の回数をグラフに表す。
そうすると、上がり下がりしながらも、全体的には右上がりのグラフができる。
これは、練習がきちんと「積み重ね」になっている証拠である。
もしただの「繰り返し」であれば、グラフを全体的に見たとき、横ばいになる。
横ばいが続くのであれば、練習が「繰り返し」にしかなっていない証拠である。

では、どうやって「繰り返し」を「積み上げ」に転換していくのか。

一つは、意識の上での問題。
つまり、「1回1回が真剣勝負」と思って全員が跳んでいるかである。
「また今日も同じ練習か」=「繰り返し」という意識で取り組むメンバーがいると、同じところでひっかかる。
「せめて自分だけは1回たりとも引っかかるまい」
「絶対間を空けないで突っ込む」
こういった、以前の自分に「克つ」という意識で取り組めば、練習が引き締まり、ただの「繰り返し」にはなり得ない。
この意識がメンバーの8割にあれば、自ずと全員が真剣になる。
2割のちょっと気の抜けたメンバーへは、自然と周りの仲間が叱咤激励やアドバイスをするようになる。
そうなると、そのちょっと気が抜けてしまう2割も真剣にならざるを得ない。

もう一つは、練習メニューが適切がどうかの問題。
例えば、3分間ほぼひっかからないで300回という記録を出したとする。
この練習をそのまま繰り返していても、記録は伸びない。
この練習で出る記録としては、上限に達している。
物理的に考えて、記録を伸ばすには縄の回す速さを上げるしかない。
言い換えれば、負荷を上げる必要がある。
負荷を上げれば、当然難しくなる。
ひっかかるので、記録は落ちる。
グラフ上は一見実力が落ちているようであるが、実質、これは「積み上げ」になっている。
教育は、常に未来への投資である。
一時的にマイナスを被っても、長い目で見るとプラスに転ずる。
やがて、結構ひっかかりながらも300回を越える記録を出し始める。

他の例で言うと、漢字の習得などもわかりやすい。
「一」という漢字を、「覚える」という目的で2年生以降で繰り返し練習させることは通常あり得ない。
完全に覚えている漢字を「繰り返し」で練習しても意味がない。
それよりは、未習の新しい漢字を練習して「積み上げ」ていく。
連絡帳を書かせる行為一つをとっても同様。
毎日平仮名で読んだり書いたりして「繰り返し」ているなら、いつまでも平仮名しか書けないし読めないままである。
漢字で読む、書くという負荷を与えることによって、その行為は「積み重ね」になる。

いつでも、レベルアップを考える。
教育は、野口芳宏先生の仰るように「常時善導」である。
少しの無理をさせて伸ばす。
それが「繰り返し」から「積み上げ」への転換となる。

また、教師の側も、日々の仕事がただの「繰り返し」になっていないか。
少しの無理をしないと、楽に流れるのが人情。
「今と同じ日々」を毎日繰り返していて、5年後、10年後の自分はどうなっているだろうか。
志すものがあるなら、積み上げるために自己への負荷(=自己投資)が必要である。
仕事が「志事」になっているか、時々点検したい。

オレオレ病

作家であり心理学者でもある、早稲田大学名誉教授の加藤諦三先生の言葉。 ================ 他人のために何かをしてあげれば、 大抵の自分の悩みはたちどころに消える。 ================ 大学生の頃、教育心理学を専攻していたこともあり、加藤諦三先...

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