2015年3月7日土曜日

高い理想像を持つ

イメージと創造性の話。

例えば小学2年生で、お楽しみ会を企画する。
すると、話し合って出てくる企画は、今まで経験したものばかりである。
一年生で〇〇大会を成功させてきていたら、〇〇大会をしたがる。
二年生の途中で楽しかった企画があったら、またそれをしたがる。
つまり、子どもたちだけだと、なかなか現状より上にいかない。
イメージがないため、「より良いお楽しみ会」の想像ができない。
だから、新しい企画が創造できない。
最近は安全や衛生面の事情でできなくなったが、「教室をおかしの国にする」というような「ぶっ飛んだ」発想はなかなか出ない。

そこで、教師の側がいくつか提示してあげる必要が出る。
例えば、拙著「やる気スイッチ」にも掲載している「得意技発表会」。
それをやってみる。
繰り返していく内に、自分たち流にアレンジした企画を考えられるようになる。
考えるための「材料」が増えたからである。

つまり、いきなり「見守り」に回らず、最初はきちんと「指導」を入れる。
指導をしてある程度高めてから、手放すイメージである。

別の例を示す。
授業で子どもから良い発言が出ないと嘆く声をきく。
どんな発言が欲しいのか問うと、賢い子が読み取れそうな2つ3つばかりの答えである。
その程度のものが欲しいのなら、さっさと教師が教えればよい。
教師の側の読みが浅いのであれば、それ以上の答えは子どもからは出ない。
「授業名人」と呼ばれる人が飛び込み授業でも素晴らしい発言を引き出すのは、それを教師の側が持っているからである。
読み取りの理想像がはっきりしているからである。
ろくに素材研究をせずに、好きでもない教材で発問ばかり考えても、無駄である。
教師の側が教材に感動しているかどうか、読み取らせたいと心から願っているかどうかである。
(特に、道徳や国語の授業ではこの差が顕著に出る。)

教師の側の理想のイメージを高めるには、人様の実践を見せてもらうのが一番手っ取り早い。
尊敬する先生が校内にいれば最高である。
それが難しい場合は、外に求めればいくらでも見られる。
セミナーや教室訪問がそれである。
本も理論を学ぶには最適なのだが、イメージをつかむにはやはり実際見る方がいい。
「百聞は一見に如かず」である。

子どもたちの能力を高めるために、高い具体的な理想像を持って指導に当たりたい。

オレオレ病

作家であり心理学者でもある、早稲田大学名誉教授の加藤諦三先生の言葉。 ================ 他人のために何かをしてあげれば、 大抵の自分の悩みはたちどころに消える。 ================ 大学生の頃、教育心理学を専攻していたこともあり、加藤諦三先...

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